この中に魔女がいる - 6

「賛成です」


 夜子が元気よく手を挙げる。相変わらず置かれた状況とテンションが合っていない。


 一方の男子高校生はこちらの話が聞こえているかもわからない様子だった。旅行先で親族が殺されるという同じ境遇に合ったというのに、人によってこんなにも反応が違うものなのか。


「その前にこれから協力していくことになるわけだし、改めて自己紹介をしておこうか」


 俺はそれっぽいことを言ってみた。

 二人の視線が俺に向いたことを確認してから続ける。


「俺の名前は赤峰月乃あかみねつきの。十八歳の高校生。この旅行には元々、両親と参加の予定だった。けど、出発当日の朝に親父が熱を出して母親が看病することになってな、せっかくの旅行だからと説得されて、一人でここに来た」


 事前に決めていた設定だけあってすらすらと言うことができた。これが嘘だとは誰も思わないだろう。


 俺は目配せすると夜子が続いた。


「あたしは楓夜子です。十五歳の中学三年生。親戚のお姉ちゃんと一緒にこの孤島に来ました。趣味は読書です。特にミステリー小説が大好物です。よろしくお願いします」

「ミステリー小説というと、今のシチュエーションもまるでミステリー小説みたいだな」


 言ってしまった後に失態に気づく。身内を亡くした女の子にかける言葉ではなかった。暗さを微塵も感じさせない彼女に飲み込まれてつい口をついてしまった。


「そうなんですよ。孤島の館に密室殺人。実にあたし好みのシチュエーションです」


 想定外の笑顔が返ってきて面食らってしまう。


 本当に小説の話をしているのではと疑ってしまうほど、あっけらかんとした表情だった。


「これで探偵がいれば完ぺきだったんですけどね」


 夜子の発言に男子高校生が力なく笑った。あまりに空気が読めない台詞に笑うしかないといった様子だ。


 しかしそれが功を奏したのか、彼は無理やり笑顔を作ると自己紹介をしだした。


「僕は一ノ瀬千花。赤峰くんと同じ十八歳だ。ここには従弟のたけると一緒に来たんだ。親戚と参加した、というところは楓さんと同じだね」

「どちらも死んじゃいましたし、そこも一緒ですね」


 一ノ瀬から乾いた笑いが漏れる。

 俺は彼女を無視して本題に入ることにした。


「さて、これからどうするかについてだけど、二人の意見を聞いておきたい。俺としてはどんな目的にしろ、皆で協力すべきだと思う。バラバラに行動するのはあまりに危険だ」

「それについては賛成」


 一ノ瀬が賛同する。


「魔女うんぬんは置いといても、この館の中に殺人犯がいることは間違いない。自分たちの安全のためにも、そいつを見つけ出すことを最優先に考えるべきだ」

「……犯人捜し」


 夜子が恍惚の笑みを浮かべる。

 俺と一ノ瀬はすっかり心得たように彼女をスルーする。


「犯人は俺たち三人の中にいるかもしれないぜ」

「その通りだけど、それならそれで、互いを監視できるだろ。殺人犯がいる中で単独行動することのほうがよっぽど危険だ。推理小説でも皆がバラバラになると、大体誰か殺されるものだ。そうだよね? 夜子ちゃん」

「わかってますね、一ノ瀬さん。その通りです。連続殺人が起きるのはそれぞれが単独行動をするからです。複数人で固まっていたほうが犯人としては動きづらいのは間違いないです」

「専門家のお墨付きももらえたみたいだね」


 まだ完全に吹っ切れてはいないようだったが、本来の一ノ瀬が戻りつつあるようだった。見た目からは気弱な印象を受けたが、意外と肝が据わっているみたいだ。


「犯人の目星はついてるか?」


 俺が問いかけると、一ノ瀬は困ったように微笑んだ。


「まさか。赤峰くんは何か思い当たる節はない?」

「ないね。残念ながら」


 俺は嘘を吐いた。本当のところ犯人の目星はついていた。しかしそれをここで話すわけにはいかない。


「夜子ちゃんはどう?」


 詮索されないうちに俺は夜子に話を振った。


 夜子は唸りながら眉間に人差し指を当てる。考えているというより、考えているポーズを取りたいだけに見えた。


「情報が少なすぎて、何とも言えませんね」

「だよね」

「ですが、魔女の正体なら知ってます」

「「はい?」」


 俺と一ノ瀬の口が揃った。

 お互いの視線を合わせ、再び夜子に戻す。


「どういう意味?」

「そのままの意味です。灰谷という男の人が言っていた魔女が誰だかをあたしは知っているんです」


 どう反応すればいいのかわからなかった。彼女なりの冗談なのだろうか。だとすれば、そんなものに付き合っている暇はない。


 しかし普段通りの緊張感のない顔つきをしている夜子だったが、目だけは真剣だった。嘘を付いているようには見えない。


 黙って次の言葉を待つ俺と一ノ瀬を見据えると、夜子は口を開いた。


「なぜなら、あたしが魔女ですから」


 先ほどまでの軽薄さは感じられない。はっきりとした口調で彼女はそう言った。


 俺は目を瞬かせることしかできなかった。どう受け取ったらいいのか判断がつかない。きっと隣の一ノ瀬も同じ反応をしているに違いない。


 呆然としている俺たちをよそに夜子は説明を始める。


「皆さんが灰谷から聞いた魔女の話は半分正しくて、半分間違っています。まず、あたしが他人の身体を渡り歩いて生き続けているという部分、これは事実です。精神的な年齢はおよそ二百歳になりますかね。今回の旅行も夜子ちゃんの身体を手に入れるために計画したものです。そしてその計画はご存じの通り達成しました。間違っている部分というのは、魔女は身体を入れ替えた後に気性が荒くなり、人を襲うと言っていたところですね。そんな事実ありませんし、そもそも今回で入れ替わったのは二十三回目になります。これだけ経験すれば、入れ替わりに特に気持ちが昂ることも、罪悪感を覚えることもありません。人を殺すなんてする意味がないです。バレたら逮捕されちゃいますしね。まあ確かに、入れ替わる前後であたしの周りで奇妙な事件が起きたことはありましたが、あたしが起こしたわけではないです」


 ですから、と一呼吸入れてから夜子は続ける。


「この館で起きた事件のうち、最初の事件はあたしが起こしたものになります。とはいえ、あの死体はあたしの前の身体ですので、殺人と言うよりかは自殺と現した方が正しいです。夜子ちゃんを殺したと言われてしまえば、その通りなのですけど。でも、二人目と三人目の殺人はあたしじゃありません。人間の犯人がいるはずです」


 彼女の話が終わると、場が沈黙した。

 一ノ瀬は唖然としたまま固まり、夜子はどこか満足げな面持ちで俺たちを眺めている。


 思わぬ夜子の告白にいったい何を言うべきなのか。

 俺は必死に頭を絞ってみたが、捻り出た台詞は「そうか」という一言だけだった。

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