この中に魔女がいる - 4

 目覚まし時計が鳴る前に目が覚めた。


 緊張から昨夜はなかなか寝付けず、今朝も早めの起床となったにも関わらず思ったほど身体に疲れは残っていなかった。気分爽快とは言えないが、おおむね良好といったところだ。


 東館には一階に五部屋、二階に七部屋の客室がある。部屋の数は十分に足りているため、俺たちは適当な部屋を選び、自室として利用した。俺は二階の一室を使っている。


 どの部屋も同じ間取りの二人部屋となっており、ベッドも二つ備え付けられている。部屋の扉にはシリンダーが取り付けられているが、肝心の鍵がないため外から施錠することはできなかった。


 おそらく鍵は西館側のどこかで管理されていたのだろう。隔離される際に鍵を受け取っておけばよかったのだが、そこまで気が回わせる状態ではなかった。


 とはいえ部屋の内側にサムターンがあるので、つまみを回せば室内からはドアを閉めることは可能だ。人殺しがいても身を守るのに最低限のセキュリティ―は確保されている。


 身だしなみを整えると、俺は一階の応接室へ向かった。


 応接室には灰谷に渡されたカップラーメンやレトルト食品が保管されており、自由に食べていいことになっている。今のところ食料は十分にあるため、一週間程度であれば難なく生活できるだろう。


 俺が部屋に入るとすでに神藤が彼女とパンを食べているところだった。


 挨拶もそこそこに俺は棚を漁り、適当なカップラーメンをチョイスする。食欲がないので味何てどうでもよかった。


 備え付けの電子ケトルを取ると、一度部屋を出て隣の共同トイレの洗面所で水を汲む。トイレの水道水を食事に使うのに多少の抵抗はあるが、文句は言えない。


 三人で食事をしていると、夜子と親戚で旅行に来たと言っていた男子高校生の片割れが、それぞれ五分ほど間を空けてやってきた。特に取り決めたわけではないけれど、みんな自然と昨日座っていた席と同じ場所を陣取る。


 朝から気持ちが沈むのを避けるためか、誰も自分たちの置かれた状況の話はせずに、無人島旅行に参加したきっかけなどの当たり障りのない雑談をしながら食事が進んだ。


 食事が終わっても特にすることもないので、みんな応接室で時間を潰していた。


 ふと「まだ起きて来ないな」と男子高校生が呟いた。

 別の部屋に泊まっている従弟がまだ姿を見せないことを気にしているようだ。


 時計を見ると午前十一時を回っている。休日ということを考えれば、まだ寝ていてもおかしくはない時間ではあるが、男子高校生は様子を見てくると言って出ていってしまった。応接室のすぐ目の前が従弟の部屋だという。


「そういえば、あの二人組は何者なんだろうね」


 神藤が無精ひげを触りながら言った。

 『二人組』とは、俺たちと同じく東館に隔離されたものの、昨日から一度も応接室に顔を出していない男女のことだろう。


 一人は年齢が俺と同じか少し上くらいのジャージ姿の男で、もう一人は人形と見間違うほどに端正な顔立ちをした『美少女』という言葉がぴったりの十代半ばの少女だった。少女は黒のブラウスに黒のスカートを履いており、雪のように白い肌がコントラストとなり眩しいくらいに映えていた。


「本人たちは兄妹だって言ってたけど、本当だと思う?」

「絶対に嘘よ」


 問いかけに答えたのは神藤の彼女だった。


「顔立ちが全然違うもの。男の子のほうも割と整った顔立ちをしてはいたけど、女の子の作り物みたいな綺麗な顔と比べたら同じ血が通っているとは思えないわ」

「別に兄妹でも顔が似てないっていうケースはあるだろう」

「それにしたって、あの子の容姿は異常よ。きっと人間以外の別の生物よ」

「確かにあの子はちょっと次元が違ったかもしれないな」


 そのとき扉が開き、男子高校生が戻って来た。浮かない表情を浮かべている。

 隣に従弟の姿はなかった。


「どうした?」


 神藤が尋ねる。


「おかしいんです。いくら呼んでも従弟が部屋から出てきません。眠りの浅いやつなんで、これだけ呼んでも眠っているとは思えない」

「鍵はかかっているのか?」

「はい」

「胸騒ぎがするな」


 神藤が神妙な顔つきで言う。


 俺も同じ意見だった。

 昨日見た死体と魔女の話が頭の中を駆け巡り、心拍数が上がる。


「とりあえず部屋まで行こう」


 神藤が立ち上がり廊下へ出る。

 男子高校生と俺、そして夜子が続いた。


「確かに開かないな」


 神藤が部屋のドアを捻るが、内側から鍵が掛かっているようだった。

 ドアを叩きながら大声で部屋の中へ呼びかけてみるが反応がない。これだけ騒がしい中、目を覚まさないのは確かにおかしい。


「扉を壊そう」


 過剰とも思える神藤の提案に反対する者はいなかった。

 きっと全員が同じ想像をしていたに違いない。


 神藤はみんなに扉から離れるように指示すると、右足の裏でドアを力いっぱい蹴った。鈍く大きな音が廊下に鳴り響いた。木製の扉には傷一つ付いていない。


 神藤はその後も扉を蹴り続けた。いくら蹴っても壊れる様子はなく、体力ばかり奪われていく。俺と高校生も加わり、三人でかわるがわる作業を続ける。その間も部屋の中からは何の反応もなかった。


 何度目かの蹴りで、ノブと扉の間に隙間ができた。ここぞとばかりに割れた場所を集中的に攻めていると、金属が壊れる音とともに扉が勢いよく開いた。


 神藤が部屋に入り、俺たちも後に続く。


 誰かがうめき声をあげた。それが誰だったのか確認している余裕はなかった。俺の視線はベッドの上にくぎ付けになっていたからだ。


 部屋の主はベッドの上で死んでいた。

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