魔法使いの同居人 - 6

 紗月さんが学校に通うようになって三日が経った。


 彼女は朝が弱く、今朝も部屋まで起こしにいったのだが、目を覚ます気配はなかった。泥棒とは時間に縛られない職業なのだろうか。羨ましい限りだ。


 一緒に登校するという約束が果たされたことは一度もない。二人揃うのは下校だけだった。


 それでも昨日までは午前中には学校に現れた。今日はというと、すでにお昼休みを迎えたにも関わらず未だ姿を見せていない。


 人形遣い調査も進展していないようだし、飽きてしまったのかもしれない。紗月さんに学校に来てほしくない僕としては、このまま諦めてくれることを祈るばかりだ。


 ここ数日の間に、紗月さんからいろんな情報を引き出すことに成功した。


 例えば先日の下校中でのことだ。僕は彼女に探りを入れてみた。


 泥棒である紗月さんが僕の家から何を盗もうとしているのか、という内容をそれとなく聞いてみたのだ。その質問は言葉巧みに受け流されてしまったのだが、別の話題の中で紗月さんはこう漏らしたのである。


「紗月さんのお宅にお世話になるのも残り十日です。それまではよろしくお願いしますね」


 十日後は父が海外出張から帰ってくる日だ。偶然の一致とは思えなかった。彼女の目的は父にある可能性が高い。


 中途半端に知ったことで、逆に疑念や不安が増す結果になったが、もっと情報を引き出せれば彼女の目的が明確になるかもしれない。


「あれ?」

「どうしたの?」


 バックの中を漁る僕を、涼川さんがいつのも無表情で見ていた。


「弁当が見つからなくて」


 バックの中に入れたはずの弁当箱が見当たらない。家に置いてきてしまったようだ。紗月さんに持ってきてもらおうかとも考えたが、彼女の連絡先を知らないことを思い出す。


 紗月さんが現れてからろくなことが起きない。

 そんな紗月さんからすればいわれのない不満をぶつけながら僕は席を立った。


「購買に行ってくるよ」


 お昼の購買は腹をすかせた生徒たちがあふれ返る。学生にとっての戦場だ。ただでさえ人気商品を手に入れるのは苦労するというのに、完全に出遅れてしまっている。負け戦になると知りつつも、僕は小走りで購買へ向かった。


 予想通りカレーパンをはじめとする人気商品は全滅だった。僕は購買部から離れた廊下でビニール袋を覗き、ため息をつく。


「千花くーん」


 声の主は雨森さんだった。


 お昼時だというのに食べ物は持っておらず、代わりにトレードマークのカメラと手帳を両手に抱えている。


 これから購買に行くのだとしたらご愁傷様というほかない。もうあそこにはチリ一つ残っていないだろう。


「あたし、ついにやったの」


 いつになく興奮した様子で雨森さんは言った。


「そんなに息を切らせてどうしたの。ついに新聞部に新規メンバーが加入した?」

「それはまだ。でも新入部員が現れるのも時間の問題だろうね」

「すごい自身だ」

「人形遣いの正体を突き止めたんだよ!」

「うん?」


 予想外の言葉に、頭が追い付かなかった。


「何を突き止めたって?」

「人形遣いの正体だよ。もうびっくりしちゃった」


 顔を赤くして話す彼女に返す言葉が見つからなかった。


 人形遣いなんて存在するはずがない。雨森さんの勘違いだろう。


 だからといってすっかり信じている彼女に対して頭ごなしに否定するのも違うような気がした。喜んでいる彼女に水を差すのは忍びない。


 悩んだ挙句、僕は話を合わせることにした。


「すごいじゃん。人形遣いなんて本当にいるんだ」

「そうでしょ⁉ あたしも腰ぬかすかと思ったよ」

「それで正体は誰なの?」


 僕の質問を聞くと雨森さんは得意げに口角を上げた。


「いくら千花くんといえど、新聞の発行前に情報を漏らすことはできないよ。まあ新聞部に正式に加入すると言うのであれば話は別だけどね」

「それは残念」


 言いながら僕は紗月さんを思い浮かべていた。

 雨森さんが人形遣いを見つけたとうそぶいてると話したら、紗月さんはどんな反応をするだろうか。悔しがってほしいなと性格の悪いことを考えてしまう。


「来週には記事にできると思うから、千花くんも楽しみにしていてよ」


 雨森さんは夢うつつと言った様子だ。


「この記事が出来上がったら、新聞部の知名度は急上昇。入部希望者殺到間違いなしだよ」

「そうなるといいね」

「いいねじゃなくて、そうなるの」


 雨森さんは親指を立てる。

 小柄な彼女のポーズはなんだか子供のように見えて、微笑ましさを覚えた。

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