第36話 暗い夜:黄昏シュウ 後編

 シュウとハルトがアマテラスに入社してから一年と半年が経ったころ。

 アマテラスにとある依頼が舞い込んだ。


『黒井組のガサ入れに協力してほしい』


 警察からの依頼だった。

 その依頼を聞いたシュウとハルトは驚きのあまり呼吸を忘れていた。

 黒井組。それこそ、彼らが復讐を誓ったヤクザ達だった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「成程…、今回の依頼の奴らが、二人が恨んでるヤクザだったんだね」


 その日は久々にシュウとハルトの部屋にナギとケンタが集まり、四人で飯を食べていた。


「それで、もちろんお前らは参加するんだよな」

「はい。この依頼を受けたとき、社長が真っ先に僕たちを指名してくれたんです。僕たち以外にも社員を派遣するみたいなので、ナギさんとケンタさんとも行けるかもですね!」


 ハルトは笑って言った。この一年半で、四人の仲はかなり深まっていた。


「決行は丁度一週間後。それまでしっかり準備しておかないとな」


 シュウも、にわかに笑みを浮かべて言った。兄弟は、ようやく自分たちを地獄に陥れた組織に鉄槌を下せることが嬉しかった。これでようやく、父の仇を討てると。


「俺たちはまだ行けるかどうか分からないけど、お前らはずっとこの時を待ってたんだろ? 思う存分やってこい!」


 ケンタが二人を激励する。それに応えるように、兄弟は威勢よく返事をしてみせた。

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 一週間が経ち、ついにガサ入れの時がやってきた。

 シュウとハルトは勿論、ジンの計らいにより、ナギとケンタも同じ班に配属されていた。


「あと二分か…。」


 ハルトは前日までは気合に満ちていたのだが、やはりいざ本番となると緊張してしまうのか、落ち着かない様子で深呼吸を繰り返していた。


「ハルト、始まればもうあっという間、あとは大丈夫さ。だから俺たちは、俺たちの復讐に集中すれば良い」


 シュウはハルトの肩をたたき、言葉を投げかける。それを聞き、ハルトは優しく笑った。


「シュウ…、ありがとう。僕たちなら大丈夫だよね!」

「ああ。やっと、願いが叶うんだ…!」


 腕時計の秒針が細やかに時を刻む。一つ、二つと針は動き、そしてやがて、開戦を告げた。


「総員、突入!」


 班長の一言で、一斉にガサ入れが始まった。シュウたちは目の前の建物に駆け、人の波を形成し、建物の前に殺到する。


「警察だ! 全員動くな!」


 班長が扉を蹴り開け、怒鳴りたてる。それを聞いたヤクザ達の動きが一瞬止まった。

 そして次の瞬間には、ヤクザ達は逃げようとしたり、武器を持って反抗しようとし始めた。


「取り押さえろ!」


 班長の指示で、後ろに控えていたシュウたちが一斉に建物内へ突撃する。


「ハルト! 行くぞ!」

「はい!」


 兄弟は警棒片手に、次々とヤクザを殴り倒していった。そして、ある男に目が止まる。


「お前…、あの時の!」


 彼らの目の前に現れたのは、以前自分たちを殺しかけた男だった。


「あ、いつかの兄弟じゃねぇか。生きてたんだな、お前ら」

「お前こそ、社長の前から尻まくって逃げた癖に、よくそんな生意気な口が利けるよな」

 シュウは宿敵を前にして、薄ら笑いを浮かべながら軽口を言った。それに男は腹を立てたのか、わずかに表情に怒りが現れた。


「俺たちはもうあの時の俺たちじゃない。覚悟しろよ」


 その一言で、シュウとハルトは動き出した。

 男はそれに反応し、ナイフを振ったが、それはあっさりと避けられてしまう。


「僕たち家族の痛みを思い知れ!」


 ハルトが男の脇腹に警棒を突き立てる。男はその痛さに悶絶した。


「くたばれカス野郎!」


 そしてそこにシュウが、頭部目掛けて警棒を思い切り振り下ろし、鈍い音を立てながら男は気絶した。


「…よし、これで大方片付いたな」


 班長が呟いた。ここにはもう、立っているヤクザはいない。


「全班で黒井組の制圧を確認。黒井組、壊滅!」


 班長が勝利宣言をした。それを聞いたシュウとハルトは、嬉しさのあまり涙があふれてきたのを感じた。


「やった…、僕たち、仇を討ったんだ!」

「ああ…! これで父さんも、母さんも報われる! ついに、ついにやったぞ!」


 二人は抱き合い、喜びを分かち合った。彼らの願いは、今ここに叶った。

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 帰り道、兄弟はナギとケンタと合流し、四人で社宅へと戻っていた。


「今夜は宴だ! みんなでとうふや風斗行こうぜ!」

「お、良いなそれ! 行こう行こう!」


 そうやって呑気に話していた。勝ち誇った気分になっていた。

 背後から近づく男にも気づかず。


「…ナギさん、ケンタさん、本当にありがとうございます。僕たちの願いが叶ったのは二人の協力があったからです。シュウも、本当に、本当にありが――」


 その言葉は、突如鳴り響いた銃声にかき消された。ハルトは呆然と立ち尽くし、自分の胸から血があふれ出す感覚を認識した直後に、静かに倒れた。


「…ハルト? ハルト! 大丈夫か!?」


 シュウは慌ててハルトに駆け寄る。ハルトを撃った男は、今度はシュウに照準を定めた。


「おいお前! 何してるんだ!」


 それに気づいたナギとケンタが、咄嗟に男に近づき、彼を拘束する。


「放せ! お前らが黒井組を壊滅させたんだろ! お前らのせいで! お前らのせいで! みんな警察に捕まった! みんな良い人だったのに!」


 男は必死に抵抗しながら吠えた。男は黒井組の残党だった。


「ハルト! おいハルトしっかりしろ!」


 シュウは泣き叫びながらハルトの体をゆすった。だが、ハルトは心臓を撃ち抜かれ即死だった。

 彼がいくら泣き叫び、いくら願っても、ハルトが再び動き出すことは無かった。


「ああああああああ!!!」


 シュウはこれまで感じたことのないほどの怒りに飲まれ、拘束されていた男を拳銃で撃ち抜いた。


「シュウ! それ以上はダメだ!」


 ナギがシュウを止めようとするが、遅かった。

 シュウは男の腹、足、頭を銃で撃ち抜いた。

 何度も何度も何度も撃たれ、気が付けば男の亡骸は真っ赤に染まっていた。

 ……これが、シュウにとっての初めての殺人となった。


「ハルト…ハルト…!」


 だが、人を殺したという感覚さえ、弟を失った悲しみの前には、無に等しかった。


 シュウが起こした殺人は、ジンの尽力もありうやむやにされ、結局半年の謹慎処分で済まされた。しかし、この一件はシュウの心に大きな傷を残した。

 自分ではバディを守ることはできない。自分と組んだら不幸になる。

 そんな思想が傷とともに心に染みつき、彼はバディを拒むようになった。

 彼は未だ、弟の骸に囚われていた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

設定こぼれ話

シュウは半年の謹慎の後も、レイメイが来るまで頑なにバディを組むのを拒否していた。レイメイを拒絶していたのも、バディである事と、どことなくハルトに似ているという理由があった。

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