可愛い召喚獣~召喚獣はクマのぬいぐるみ?
「やっぱり焦げてる! 頭も背中も汚れてるし、あぁっ! 右手も破けてる!」
戦闘が終わるといつもこうだ。さっさと部屋に帰ればいいものを、終わった途端に俺の体をむんずと掴んでぐるぐる回す。これでは俺の目が回ってしまいかねない。それ以上に小動物のような扱いにため息が漏れた。
「艶々の毛並みにつぶらな瞳のクマさんがボロボロだよ……」
そう言いながら体中をポンポンと叩いて土埃を払い始めた。破けている右手まで叩かれては、思わず「何をする」と声を出しても仕方がないだろう。
「右手が取れてしまったらどうしてくれる」
「そんなの、リャンハンならすぐに治せるでしょ?」
「そういう問題では……」
「全身土まみれになっちゃって……よーし! 僕がちゃちゃっと洗濯してあげるからね」
「ちょっと待て」
ようやく叩く手を止めたかと思えば何を言い出すのだ。しかも笑顔でというのが気に入らない。
「俺は布きれではないぞ」
「でも、かわいいクマさんだよ」
「それはおまえの希望で……あぁ、もういい」
これ以上言い合ってもどうしようもない。それに、いまさら新しい姿を作るのも面倒だ。そう思った俺は、若干だらりとなっているモフモフの右手で我が主ルースの手を払いのけた。そのままポンと両足で地面に着地する。
「そもそも洗濯とは何て言いぐさだ」
「だって、こんなに汚れてるんだから洗濯しないと汚いじゃないか」
「戦闘直後だから汚れているのは当然だ」
「だから、僕が洗濯してあげるって言ってんの」
「しなくていい」
「駄目だよ。汚れたままじゃ一緒に寝られないもん」
碧い目が若干寂しそうな表情に変わった。そんな顔をしても無駄だというのに仕方のない奴だ。我が主としては情けなくもあるが、そういう表情も悪くはない。
(だが、洗濯というのは断じて納得できない)
この仮の姿も納得しているわけではないのだ。
「これはあくまで仮の姿だ。召喚獣の姿でなくなればいいだけの話だ」
ボフンと音を立て元の姿に戻ると、なぜかルースが視線を逸らした。
「これなら洗濯は必要ないだろう?」
腕を組みながらそう言ったが、ルースは顔を背けたまま俺を見ようとしない。
「なぜ俺を見ない?」
「……だって、人型だから」
「こちらが本来の姿だと何度言えばわかる」
思わずため息が漏れた。
俺は超弩級の魔力を持つ優秀な召喚獣ということになっている。召喚したのは目の前でそっぽを向いているルークという人属の男で、人の世に呼ばれてかれこれ一年弱ほど経つだろうか。
俺は元々人に似た姿をしているが、普段は“クマのぬいぐるみ”なる姿に擬態していた。そのほうが召喚獣らしいということと、本来の姿のままでは魔力が強すぎるという理由もあるからだ。
そして、ぬいぐるみという仮の姿を提案したのはルークだった。
(あの姿が“クマのぬいぐるみ”だと知ったのは後になってからだったが)
おそらくあれはルークが好きな姿なのだろう。あの姿のときはこれでもかと愛でてくるのだから間違いない。とくに夜は終始抱きしめて寝るくらいだからよほどの好物と見受けられる。
(まさか、この俺を好物に仕立てるとはな)
そういう人の側にいるのも案外おもしろい。退屈しないのもいいところだが、俺の本来の姿はこちらだ。美しい褐色の肌に燃えるような赤い髪、それに黄金の瞳はどんな魔族や魔物よりも美しいと自負している。あんなずんぐりむっくりでモコモコした体につぶらな瞳などあまりに陳腐すぎだ。
「目を逸らすな」
「……だって、裸だし」
「それがどうした? どこから見ても惚れ惚れする肉体美だろう?」
「そんなの……嫌ってほど知ってるし」
最後のほうが小声で聞き取れなかった。
(これで一級召喚師というのだから、人の世はおもしろいことばかりだな)
戦闘中はすこぶる有能なくせに、それ以外だと途端に頼りなくなる。とくに俺が人型になっているときは顕著で、いまみたいにモゴモゴとはっきり話さないこともあった。
「まぁいい。それより俺は早く風呂に入りたい」
「お風呂?」
「泊まっている宿についていただろう? 地下から湧き出る熱い湯というのはなかなかいいものだ。あれに早く浸かりたい」
「リャンハンって温泉好きだったんだ……って、ちょっと待って!」
「なんだ?」
振り返ると目元を真っ赤にしたルークが俺を見ていた。
「そのまま街まで歩くつもり!? だ、駄目だよ!」
「うるさい奴だな。ぬいぐるみが歩くよりはましだろう」
「駄目だってば! 人は裸で外を出歩いたりしなんだから!」
慌てた様子でルークが腕を掴んだ。必死に押し留めようとしているようだが、俺にとっては生まれたての魔獣が纏わり付くようなものでしかない。それでも足を止めたのは、歩くよりも早く帰還する魔法を使うことにしたからだ。
(先に言えば文句を言うのだろうな)
それなら勝手に使えばいい。
「ほら、さっさと帰るぞ」
「え? って、ちょ……っと、リャンハン……!?」
ルークをひょいと小脇に抱えて力を解放した。目の前にぐにゃりと歪んだ空間が現れ、一歩踏み込めばすぐさま宿の部屋へと繋がる。いつもならぬいぐるみの姿で封じている力だが、本来の姿なら空間転移も俺にとっては大したことじゃなかった。
「ほら、ついだぞ」
「……っ、き、気持ち悪い……」
「相変わらず転移魔法酔いか。いい加減慣れたらどうなんだ?」
「そんなこと言われても、転移魔法なんて人は使えないんだからしょうがないんだって……うぇぇ……」
裸のまま歩くのは駄目だというから転移魔法を使ったというのに、またもや聞き慣れた文句を口にする。まったく、人というのは本当によくわからない。
(だが、それがいい)
脆弱な人ごときに召喚されるなど冗談じゃないと思っていたが、ルークは
(一番は血のように赤い瞳だが……いや、鳴き声も悪くないか)
少しでも気にくわなければ魂ごと食らうつもりだった。そもそも俺は召喚獣ではないのだから、おとなしく召喚され続ける言われもない。それでもルークの側に居続け、さらに戦闘行為まで担っているのはルーク自身を気に入っているからだ。
(全身舐め回すくらいは気に入っているからな)
きめ細かな舌触りを思い出したからか、口の中がじゅわりと濡れる。
「よし、おまえも風呂に入れ」
「え!? ちょっと、なんで僕の手を掴むのさ!?」
「一緒に入るからに決まっているだろう?」
「僕、いま酔ってて気持ち悪いって言ったよね!?」
「だから俺が直々に洗ってやると言っているんだ。俺もおまえも綺麗になれば一緒に寝られる」
「ぼ、僕が寝たいのはぬいぐるみのリャンハンであって、人型のリャンハンじゃな……って、だから服を脱がさないでってば!」
「うるさいぞ。少し静かにしていろ」
「リャン……っ、んん~……っ!」
わめき散らす口を塞ぎながら服を脱がし、下着も全部剥ぎ取った。こうしてしまえば湯に浸かる頃にはおとなしくなっているはずだ。
(今日もよい食べ頃だな)
まだ湯に浸かっていないというのに、すでに白い肌が赤く色づいている。にやりと笑った俺に、ルークの顔がますます真っ赤になった。
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