第5話油断

次の日、昼休みに勧誘をしなかった。解放された気がしたが、吉田はそのまんまだったし、納得出来なかった。それでも富樫の命令で吉田には手を出さなかった。


---おせぇよ!もうすぐランニングはじめっぞ!

---え?吉田?なんで?あんなに入部を断ってたのに。


彼は金髪ロンゲから丸刈りになっていた。


---いちゃワリぃかよ。気が変わったんだよ。


近くで見てた富樫はニヤニヤしていた。若林は顔をしかめていた。

吉田は5月下旬に入部した。前から入部してた人とは差があったが、持ち前の運動神経の良さで、あっという間に部活には慣れた。


夏の大会が始まった。富樫と吉田はレギュラーで一桁の背番号をもらっていた。生田はベンチだが、背番号11を貰っていた。投手二番手だったが、先発もさせてもらった。

背番号を貰えなかった3年生は涙を隠せないくらい泣いた。声を漏らすまいと、腕で必死に口を押えたが、それでも聞こえた。3年生は3年間頑張って練習してきから、泣くのも仕方なかった。しかし、次の瞬間にベンチ漏れした3年生がサポートにまわりたいと監督にいうのだ。なんという切り替えの早さだろう。本当はもっと泣きたいはずなのに、悔しがりたいはずなのに。

生田はベンチに入れなかった3年生の気持ちにイマイチピンと来なかった。試合に負けたわけじゃあるまいし。

それを知ってか知らずかキャプテンが1年生に集合をかけて言った。


---彼らは僕たちと同じ練習をしてきた。時には僕たち以上にバットを振った。それも2年半も。けど、背番号を貰えなかった。彼らにとって最後の公式戦。それがベンチにも入れないなんてそれですぐにサポートにまわりたいだなんて。彼らは相当悔しいはずなのにチームの役に立とうとすぐに切り替えてくれた。僕はそんな彼らを尊敬する。そして、彼らに頼んだ一緒に戦ってくれとすぐ様返事を貰ったもちろんとベンチに入れなかった1年生もまだチャンスがあるけど、この夏は僕たちに力を貸して欲しい。


富樫は拍手で答えた。それに続き他の1年生も拍手をした。生田は恥ずかしかった。キャプテンの言葉がなければ3年生の思いに気づけなかった。


---おお~、燃えてきた!


 富樫が言った。生田も他の1年生もいつも以上に良いプレーを心掛けた。

 次の日、富樫が教えてくれた。


---キャプテンは中学3年間1回も公式戦出てないんだよ。

---それなのに憧れて高校まで追っかけてきたのか?

---違う!オレが惚れたのはキャプテンの人間力だ。別にプレーを見たからじゃない!現にスタンドの3年生に気づかって寄り添えるんだ。キャプテンは中学のとき出られなくて相当悔しかった筈だから。俺はキャプテンみたいになりたいんだ!


富樫はそう言い放ち、こぶしを強く握った。

夏の大会では後半連戦になるので、投手の負担も考えて何人も用意する必要があった。ウチの学校は4人いたが、4人目の登板はなかった。エースの仲野さんが先発の時は基本完投で先発の時は基本6回まで投げ、残りを先輩に任せた。それが功を奏して決勝まで進んだ。


---相手の7番近藤は私たちと同い年よ。だから、絶対負けないでね。

---ぇ?1年?名門道大三も落ちたな。

---ウチらだって1年じゃん。

---ほら俺らは先輩達を脅かす存在だから

---それ、自分で言う?


取材も決勝に都立高校が残ったと何件か来たが大会期間中ということで、全て断った。

前日から道大三のビデオを穴が開くほど観たがキャプテンを除きどうにも浮き足だった雰囲気があった。


---明日、絶対勝ってね。

---おう!当たり前じゃん!


富樫は若林の声掛けに息巻いた。彼らは甲子園しか見ていなかった。まだ、決勝戦前なのに

そして決勝の朝、いつもの風景いつものメンバーいつもの表情。学校でみんなとバスに乗り球場へ向かった。

球場は満員に近かった。マスコミも数社来ていた。そのほとんどが都立高校を応援していた。生田はそれを感じいつも以上に力が入った。

生田は甲子園をかけた大事な試合の先発を任された。オーダーは富樫と吉田が一つずつ打順をあげた。

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