あいたい

07 不調

 スマートフォンの調子がおかしいことに気付いたのは、学内に貼られていたミズキチの啓発ポスターを撮影したときのことだ。

「あれ、なんかぼやけるんだけど」

 ピントが上手く合わせられていないのか、何度撮っても顔がぼやけてしまう。顔検知の四角いマークは出るし、撮影している時はきちんと撮れているように見えるのだが、どう撮れたか確認しようと撮影済み画像のフォルダを開くとすべて失敗している。歴代のスマートフォンでも初めてのケースだ。首を傾げながら、隣を歩く男に声をかける。

「なあ浄島きよしま、機能バグったくさいわ」

「お前は年中バグってんだろ」

「バグってないですー。お前だってこのポスターがかしわざかしら殿だったら撮るだろうが、それと同じ。バグったのはスマホ。俺はバグってない。いいからはよ見てくれこれ」

 浄島は、同じゼミの同期だ。怪訝そうな顔をしつつも、戻ってきて画面を覗き込んでくれる。

「うわ。まじじゃん」

「だろ。えー困るんだけど。てかこれ誰撮ってもこうなんのかな、浄島撮っていい?」

「変なことに使わないなら」

 使わねーよ、と笑いながらスマートフォンを向ける。浄島は2歩ほど下がって壁を背にすると、鞄を持っていない方の手でピースサインを作った。ピピッ。パシャッ。

「どう。可愛く撮ってくれた?」

 急ぎ撮影した画像を確認する。俺は黙って首を横に振った。浄島も隣に戻ってきて再び画面を覗き込むが、「あー……」と何とも言えない声を上げる。

 身体にはピントが合っているように見えるのだが、顔だけピンボケしている。しかも、先程撮影したミズキチのポスター写真よりも顕著になったような気がする。平面と立体でまた違うのだろうか?

 浄島は真面目に考え込んでいる。自身のスマートフォンを取り出し、『スマホカメラ ピンボケ』などの単語で検索をかけてくれたので俺も一緒に見てみたが、目につく範囲では望む情報は出なかった。

「まあ、機種変か交換したほうがいいって事なんだろうなあ。ショップ行くのめんどいんだけど」

 浄島に礼を言って、スマートフォンをポケットに突っ込んだ。ミズキチのポスターが学内にあるうちに何とかしたいな、と思う。

 浄島はまだ何か考えているらしい。今度は自分でミズキチのポスターを撮影している。撮影した画像を見て、また首を捻る。

 小さく溜息をつき、「とりあえず」と浄島がスマートフォンの画面を見せてきた。

「舵屋ミズキのこれ、俺が撮ったやつでよけりゃラインで送ってやるよ。ちゃんと撮れてるし。その代わり今の俺の画像、消しといてもらっていっすか」

「マジで。神じゃん。サンキュありがてえ、ありがとうございます。わかった、俺も置いときたくないし画像は消しとく」

 浄島は破顔し、それから少し安堵したような表情を浮かべた。

「カメラ直ったら今度はちゃんと可愛く撮ってね」

「うるせーわ」

「それ気をつけろよ」

「え?」

 俺は顔を上げたが、浄島は既に2号館へ向かって歩き出しており、こちらを振り返る気配はない。

 時計を見ると、次の授業まであと4分を切っている。慌てて後を追い掛けた。

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