第6話 激過疎チャンネルを卒業して初の雑談配信1

 学校を終えて放課後、囲まれるよりも先に爆速で下校した美琴は、制服からいつものミニ丈着物に着替えて配信の準備を進めた。

 枠自体はアイリが勝手に作ってくれやがったし、ツウィーターにも告知を投稿したので、今から慌てて告知などをする必要はない。

 配信開始は六時から。いつもなら夕飯を食べている時間だが、一時間だけの雑談枠とのことなので、配信が始まるまでにできるだけ夕飯を作り置きしておく。


 あらかたもろもろの準備を終わらせた後に部屋に戻り、自宅からの配信なのでパソコンを起動してアワーチューブを起動し、マイページから配信枠へ飛び、直後に固まる。


「た、待機人数六万人……?」


 画面の端には、現在どれだけの人がこの配信が始まりのを待機しているのかが表示されているのだが、その数がおかしかった。

 何度も目をこすったり、天井を仰いでから確認するが、変わりなかった。むしろそこからさらに数千人増えていた。

 目を白黒させている間にも数百人から千人単位で待機数は増え続けており、まだ配信を始めてもいないのに頭がパンクしそうになる。


『あらあら、随分とお嬢様の配信を楽しみにしてらっしゃる方がおられるのですね。ただの雑談配信だというのに、この数は中々見ませんよ』

「ど、どどどどうしよう!? もう昌に助けを求めていいかな!?」

『それはいささか早すぎるかと。恐らく昌様も早いと言って笑うと思いますよ』

「笑われてもいいから助けてほしい!」

『まあ、今から電話をかける時間もないのですけどね。あと一分もないですよ』

「いやあああああああああああ!? おじいちゃんヘルプ!」


 配信を始める前から限界を迎えそうだったので、部屋の中にいつの間にか入ってきていたあーじに近寄り、抱きかかえてお腹に顔をうずめる。

 お゛お゛ん゛? と何をしているんだと言っているように鳴き声を上げるが、美琴が生まれてからよくこうして顔をうずめたりしているため、十七年も同じことをされれば慣れるのか、嫌がることはしなかった。

 ちなみにおじいちゃんと呼んでいる理由は、単純に美琴よりも三つも年上のオスの老猫だからである。


『はい、時間ですね。配信を始めます。もう覚悟を決めてください』

「う、うぅうううううううう……! お腹が痛い……!」


 チャンネル登録者数は今朝よりも増えて六十万人を突破しており、待機人数も七万とかいう見たことない数字になっていた。

 それに伴って強烈に緊張して、頭の回転が超鈍くなって腹痛までしてきた。


『三、二、一……、開始です』

「は、は、は、はじめ、ましてぇ……? 琴峰美琴の雑談配信、ですぅ……」

『緊張しすぎですよ、お嬢様。もう少し力を抜いてリラックスしてください』

「アイリは私にとんでもない無茶ぶりを言っている自覚はあるかなあ!?」


 バンバンと机を叩きながらアイリに抗議する。

 当然その間も配信されているわけで、


”配信キタアアアアアアアアアアア!!”

”待ってました!”

”告知から来ました! 切り抜き観て即登録しました!”

”初めまして!”

”初見です”

”可愛い”

”和装美少女と猫は相性が良すぎる”

”例の動画そのままの美琴ちゃんだああああああああ!”

”死ぬほどテンパってて可愛い”

”慌てふためく美少女からしか得られない栄養素が存在する”


「み゛っ!?」


 今朝切り忘れた配信を見た時はSNSのフォロワーとチャンネル登録者数の爆増でそれどころではなかったが、改めて自分の目で爆速でコメントが流れて行っているのを見て、思わず奇妙な声が口から洩れる。


”なんじゃ今の声w”

”緊張しすぎwww リラックスリラックス”

”美琴ちゃん「視聴者は私にとんでもない無茶ぶりを言っている自覚はあるかなあ!?」”

”これはもっとコメント連投して慌てさせるべき”

”開始早々同接数半端なくて草”

”さっきから聞こえる女の機械音声はなんだ?”

”今朝もなんか『機械音声と漫才』がトレンド入りを果たしていたな。なんだと思ったけどこれか”


 有名配信者の配信を見て、いつか自分もこうなったらいいなと漠然と思っていたことが、今目の前で、自分の配信で起きている。

 実感が沸かなすぎて、かつあまりのことに頭が真っ白になって、考えていたことが全部頭の中から消し飛ぶ。


「半年の累計コメント数よりも一秒の間に来るコメントのほうが多いって何!? バグ!? ねえこれバグなの!?」

『落ち着いてくださいお嬢様。パソコンはいたって正常。バグも発生していなければ、ハッキングでも何でもありません。おめでとうございます、晴れて超有名配信者の仲間入りですね。はあ、一日の間に何度このセリフを言ったことか』


 速攻でバグか何かを疑うが、即アイリから否定される。

 そんなやり取りをしている間にも、コメントは加速していき視聴者も増えていく。


”(´;ω;`)ブワッ”

”視聴者ほぼなしでよく半年も続けられたね”

”これは一生かけて推さないとかわいそすぎる”

”俺達で美琴ちゃんを幸せにしよう!”

”言われなくてもやってやらあ!”


 何やらコメント欄が盛り上がっているが、何に対して反応したのかいまいち分からないのでとりあえずスルーする。


「え、え、えっと、あ、改めて初めまして。ダンジョンの攻略配信をメインで行っている琴峰美琴、ですぅ……」


”声むっちゃ震えてて可愛い”

”かわいい”

”KAWAII”

”これだから初々しい反応を見せる配信者を見るのはやめられねえぜ……”

”まあ、半年間も極限まで過疎ってたのにいきなり同接六万超えたらビビるわな”

”おめ!”

”おめええええええええええ!!!!!!!”


「あわわわわ……! コメントがすごい勢いで……!」

『お嬢様、こういう時はすべてを拾う必要はありません。お嬢様の目に付いたコメントだけを拾えばいいのです。例えば、複数の視聴者が送ってくださっている同じような質問とか』

「そ、それでいいの!? てっきり全部に反応しないといけないかと」

『そんなことをしていたら時間がいくらあっても足りません。この配信では最低でも六万……今はもう七万ですね。七万件ものコメントが送られるのですか、反応して返事するのに最低三十秒でも、全てに反応しきるのは到底不可能です。なので、目についたもの、興味を持ったものだけに絞ることが定石です』


 そんなことでいいのだろうかと思い、助けを求めるようにカメラに目を向けてみると、アイリの言葉を肯定するコメントが一斉に流れ始める。


”機械音声ちゃん有能すぎ”

”この機械音声ちゃんは何?”

”アイリって美琴ちゃん言ってたね”

”カメラを通して指示を出している友達?”


 繰り返しアイリと言っていることやアイリの声が配信に入っているからか、一体何者なんだと疑問に思う視聴者が続出する。

 一応まだ製品化していない試作型のAIなので、どうやって説明すればいいのか悩む。


『視聴者の皆様方、初めまして。私はアイリと申します。お嬢様の電子面でのマネージャー、というべきでしょうね。こうして人と同じように会話できますが、これでもAIです』


”AI!?”

”うっそだろ……”

”人と会話しているのと変わらん”

”どんだけ学習させたの? それとも元々の性能がえぐいの?”

”電子面のマネージャーって?”


 早速アイリの助言通り、目に留まったコメントを拾う。

 アイリの電子面でのマネージャーという言葉が気になっている視聴者が多くおり、それに答えることにする。

 とりあえずえぐいほど緊張しているので、数度深呼吸をして少しでも気持ちを落ち着かせる。

 可愛いというコメントが連続した。


「えぇっと、言っちゃえば私の配信の管理とモデレーターかな。ダンジョン潜っている時はコメント見られないことが多いから、もし不適切なコメントが送られてきたら排除するようにって、お願いしておいたの」

『今の今まで私がモデレーターとして機能したことは一度たりともありませんでしたが』

「昨日つまらないってコメント来てたじゃん!」

『送られてきた瞬間にお嬢様が見てしまったのですから、消す暇がありませんでした』

「一生懸命頑張ってたのにあんなふうに言われて、メンタル壊れるところだったんですけど」

『その直後ですものね。スタンピードを八つ当たりで殲滅ターミネートしたのは』


”AIがターミネートって言うと、あの映画が思い浮かんでまうwww”

”デデンデンデデン!”

”あいうぃるびーばっく!”

”あーいるびーばっく!”

”つか殲滅しに行った理由がストレス発散の八つ当たりだったんかいwww”

”八つ当たり対象にしてはいけない規模なんですがあれ……”

”え、じゃああやちゃん達とは全くの無関係?”


「あやちゃん……って、誰?」

『昨日お嬢様が助けた三人組の一人ですね。トライアドちゃんねるという配信チャンネルの、実質リーダー的な女性です』

「あぁ、昨日の……」


 言われて、昨日助けた三人組のことを思い出す。確かに女性が一人いた。


『更に言えば、そのチャンネルの登録者数は七十万を超える超人気チャンネルで、その当時多くの視聴者が配信を見ていました。なので、仮にお嬢様が配信を切っていたとしても、同じ結末となったでしょう』

「じゃあ口止め意味なかったんだ」

『三人のうち一人は律義に守ろうとしていましたが、火の着いた視聴者を止めることなどできず、トライアドちゃんねるとお嬢様のチャンネル両方の殲滅映像が切り抜かれたというわけです』

「そうなんだ。まあ、おかげですんごいことになったわけだけどね、ただの雑談枠が……」


 もうじき八万に行きそうな同接数を見て、もう理解が追い付かなさすぎて逆に冷静になってきた。


『さあお嬢様。配信は始まったばかり。こんなことで一々止まっていたらきりがありませんので、サクサク行きましょう。何なら私がコメントを拾いましょうか?』

「……いや、私がやる。せっかく私の配信を見に来てくれたんだから、私がやらなきゃ」

『その意気です。では私は、モデレーターの初仕事をさせていただきますね』


”アイリちゃん有能すぎん?”

”アイリちゃんだけでもこの雑談配信成り立ちそう”

”これでAIかあ……”

”これもしかしたらさ、いろんな企業から売ってくれってお願いされんじゃね?”

”ありえん……とは言い切れないのが嫌だな”

”アイリちゃんは美琴ちゃんと一緒にいてこそだと、俺は思った”

”いいこと思いついた。アイリちゃんを美少女メイドにして妄想したら、和装美少女と美少女メイドの百合が完成するっ!”

”お前は天才か?”


 何やら妙なコメントを見かけたが、何を言っているのかよく分からないしアイリがコメントを消していないので、悪意のあるものではないだろうと無視する。

 とりあえず何からすればいいのか分からないので、質問コメントを拾いつつ頭の中から吹っ飛んでいたことをどうにか思い出して、個人勢なのに企業に所属しているアイドルだという誤解を解くことから始めることにする。

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