第2話:門衛の役割
突然子供が目の前で転んだ。
それだけなら特に気にすることもない。
起き上がった後に宥めてやるか、起き上がれないようなら手を差し伸べる。
もしくは、温かく見守るだけの方が子供の成長を促すかもしれない。
しかし、その後ろからは荷馬車がやってきている。
しかも、どうやら御者が子供に気付いていない。
目の前で轢かれそうになっているのを見過ごすなんてできるわけがない。
下っ端とはいえ街の治安を守るために存在しているのだ。
未然に防げる事故なら未然に防ぐ。それが出来ずして何が門衛か?
自然に体が動いた。大声で叫んで馬車を止める。
「止まれぇ!!!」
叫びながらも走り出す。目の前で倒れた子供に向かって。
もしかすると御者にはいまだ子供が見えていないかもしれない。
とはいえ、オレの身体が見えんこともないはずだ。
小さな子供と比べれば何倍もガタイがいい。
子供を拾うようにして抱きかかえる。最悪自分の身体で子供を守る。
何のための騎士の鎧だ。馬車の勢いは殺せないかもしれないが、子供くらい救えると信じたい。
この時点で御者の方もオレに気付いたのか、横にそれる。
もともと街の門で止まるつもりだったために速度は出ていなかった。
ギリギリだが、轢かれずには済んだ。
少し馬車がかすったがオレも子供も無事なようだ。
ほぼ止まりかけていたし、鋼のプレートメイルは伊達じゃない。
「長旅で疲れているのかもしれんが注意力散漫だな」
ここにきてようやく御者も事態を把握したらしい。
真っ青な顔をして俺に謝る。
「騎士様、申し訳ねえ」
謝る相手が違うが、本人は気絶している。
「あのまま轢いていれば最悪死罪もあり得たぞ?」
人身事故は重罪だ。
軽くても牢屋行きは免れない。
「とりあえずこの子が目を覚ますまで待つか」
見たところ、今すぐ治療が必要には見えない。
おそらく、疲労か空腹だろう。
門の手前で馬車が止まったので、
乗っていた商人が疑問に思い下りてきた。
おそらくこの馬車の持ち主だろう。
この顔は見覚えがある。
カインズ商会の会長だ。
この街のそこそこ大きい商会。
住民や貴族での評判もいい。
いわゆるまっとうな商売を行っている商人だ。
無理やり馬車を止められ怒っているという様子ではない。
純粋に何が起きたのかを確認したいという表情だ。
俺は現在の状況を説明する。
するとカインズさんも非を認めた。
どうやら急ぎの取引で、御者にも相当無理をさせていたそうだ。
子供が疲労か空腹で倒れたところに、
運悪く馬車が通りがかったのだろうということと、
見たところ外傷はなさそうだが、
念のため治療院に運んでみてもらうことを伝えると、
当座の治療費にと、少なくない銀貨の入った巾着をくれた。
本来なら自分が治療院に連れていくべきだが、
どうしても時間が差し迫っている用事があり、
用事が済み次第、即座に治療院に見舞いに行くと言い残し、
再び馬車に乗り込み立ち去って行った。
向かっている先は自分の商会ではなく領主の館だ。
もしかするとこの街の重大な何かにかかわる内容なのかもしれない。
しかし、一介の門衛ごときが気にしても仕方のないことだ。
それよりもまずはこの子供だ。
この街の子供ではないと思う。
この街に住む人間は決して多いとは言えない。
この年代の子供なら、なおさらだ。
そして、俺の仕事は門衛だ。この街の人間もこの街によく来る人間も顔は覚えている。
ましてや、これほど特徴のある子供なら、一度見て忘れることもないだろう。
ここでかかわりを持ったのも何かの縁だ。
俺が担いで治療院に連れて行こう。
上司に報告して門衛を同僚に代わってもらう。
幸い、上司もその現場を目にしていたし、
理解のある上司で、子供が元気になるまで面倒を見てやれとも言われた。
この子供、小さくて軽い。優しく抱えるように持ち上げる。
あまり揺らさないように、なるべくゆっくりと丁寧に運ぶ。
治療院はそれほど遠い場所じゃない。
やっとの思いで街までやってきて、
治療院が街の最奥にあったら助かるものも助からないだろう。
だから、たいていどこの街でも治療院は門からほど近い場所にある。
あっという間に治療院に到着した。
受付で事情を話して回復術師がやってくるのを待つ。
現在、治療院では他にも治療が必要な人が待っている。
いくら街を守る騎士だと言っても、
順番待ちに割り込むことはしない。
素人見積もりだけど、そこまでの緊急性はないだろう。
受付でも同じ判断だった。
見るからに重症であれば、優先的に見てもらえるが、
今回は素直に順番を待つ。
ここは冒険者が集う街だ、もっと重症なやつなど山ほどいる。
しばらく待っていると順番が回ってきた。
回復術師の見立てでも外傷が無いことから、
疲労と空腹による衰弱だろうとのこと。
ひとまず寝かせて、目を覚ましたら消化の良いスープでも飲ませることにした。
いきなりガッツリ食べさせるのもよくないらしい。
弱った胃腸がびっくりして逆に具合が悪くなるとのことだ。
病室に連れて行こうとすると、
ちょうどカインズさんがやってきた。
後ろには使用人が控えている。
まだ治療費を払う前だったので、
預かっていた銀貨の詰まった巾着はいったん返却する。
見舞いの品として果物の果汁を持ってきている。
甘さが脳の栄養になり、酸っぱさは疲労を回復するらしい。
そんな何種類かの果汁をブレンドした特製の品らしい。
ベッドで寝かせる前に、子供があまりにも汚れていたため、
体を洗って着替えさせる必要がある。
子供とは言え、女の子であったため、
カインズさんが女性職員に銀貨を数枚渡し、
お湯を用意し、子供の身体を清めさせる。
下着も身に着けていなかったので、
入院患者用のを手配して、着替えさせてもらった。
俺ではこんなことは思いつかなかった。
おそらく、自分で着替えさせようとして白い目で見られていただろう。
子供が身にまとっていたぼろきれは脱がして洗濯中だ。
捨ててしまうことも考えたが、本人の了解を得ずに勝手に捨てることはできない。
ついでに、子供に合うサイズの服を手配させた。
さすがに洗濯して清潔になったとはいえ、
ぼろきれをもう一度身に着けさせるわけにもいかないし、
入院着のまま外に連れ出すわけにもいかない。
その晩は目を覚ますことなく眠り続けた。
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