添い寝

揺井かごめ

添い寝

「幸せな話が聞きたい」


 彼女が唐突にぽつりと呟いた。窓を緩く打つ雨音の中で、私は布団の隅に丸まってそれを聞いていた。


「あたたかくて、無害で、嫌なところが一つもなくて、甘やかで柔らかい、幸せな話を聞きながら眠りたい」


 同じ布団に仰向けで横たわり、真っ暗な天井を眺める彼女は、静かに訥々と語った。低めの声が耳に心地よかった。


「多分、『寝物語』ってそのためにあると思うんだ。童話とかだと起承転結がしっかりしてて駄目。もっと下らなくて、日常的で、ありふれた幸せがないと駄目。あり得ないような災難も、唐突な不幸も、ありふれた残念な出来事でさえ、あっては駄目」


 幸せなだけの話なんてつまらないと思うけれど、私は黙って聞いている。


「つまらなくても何でも」


 彼女は私の心を読んだように続ける。


「幸せで、無痛で、安らかでないと駄目なんだよ。心地よく眠る時に、苦味も、痛みも、不安も恐ろしさも、なんにも要らないの。興奮も、面白さも要らない。ただただ、幸せであればそれでいい」


 幸せ、幸せ、と彼女は連呼するが、幸せとは何だろう。そんなに高純度な幸せを求めた毒気の無い話を語るなんて、面白い冒険譚を考えるより難しい気がした。


「子どもが起伏の激しい物語で眠れるのは、きっと、多分だけど、母親の話し方に騙されてるだけだと思う」


 少し気になって身体を伸ばし、彼女の顔を盗み見る。まんじりともしない瞳が、変わらず天井をじっと見つめている。枕に散らばった髪と開かれた眼が、窓から差す微かな街灯を蒼く反射していた。


「優しい声で、ゆっくり、眠れ〜って念を込めながら喋るんだから、子どもなんてころっと寝ちゃうんだと思う。ズルいよね、私もそろそろ寝たい」


 眠らず勝手に喋っているのは彼女本人なのだが、その声には不服が滲んでいる。


「ねぇ、みーこ」


 呼ばれた私はのそりと前足をもたげ、仕方なく彼女の腕に収まってやった。


「はぁ……猫体温……ありがた……」


 そろそろ寝なさい、と尻尾で腕をぺしぺし叩く。ゆっくりとリズムを付けて、母親が子供を寝かしつけるように。


「みーこ」


 なに?


「おやすみ」


 おやすみ。

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