第14話 ごめんね



「ガンちゃん……」

「うん?」

「明日、ナニすんの?」

 傾く夕日を背にし、長い影を見つめて真咲は尋ねる。

 もちろん、手はまだガンちゃんのポケットの中で、ガンちゃんにギュって握り締められていた。

 ガンちゃんと真咲の身長はそう変わらないのに、握り締めてる手が、意外にも大きくて、指の長さとか骨っぽさとかが、男の子なんだと、はっきりわかる。

 ガンちゃんのポケットで手を繋がれた時、振り解いてもよかったんだけど……なんだか、そのまま歩き始めてしまった。

「……衣装の引渡しの時に、ちょっとね」

「あたしにも内緒なの? 仲間はずれですか? そうですか?」

 こんなに協力してきたのに、肝心なところは蚊帳の外なのかと思うと、真咲はふてくされる。

「拗ねないの。んー……まあ、真咲ちゃんに云ってもいいんだけど……」

「云いなさいよ」

「オレ的には、当日びくっりしたり、喜んだりしてる真咲ちゃんの顔が見たいのが正直なところなんだよねー」

 えへへと笑うガンちゃんの笑顔を見て、真咲は溜息をつく。

 ガンちゃんはずるい。

 ガンちゃんはいつもニコニコして、そしてその裏で、真咲の考えも及ばないような行動をとる。

 今回の飯野君が困ってるから皆に呼びかけたのもそうだし、家庭科室を占拠したものそうだし、愛衣ちゃんをひっぱりこんだのもそうだし、また愛衣ちゃんを締め出した斉藤を引き入れたのもそうだし……。

 それに。

 真咲の髪を元に戻すなんてこともしたし、今だって、ポケットの中で手をギュっとしてるものそうだ。

 特にこの手をギュっとする行為は、真咲にしてみれば、「ガンちゃん実はあたしのこと好きなのかな?」とか勘違いしても、誰も責めはしないだろうと思うぐらいだ。


 そう。

 相手が。

 このガンちゃんじゃなければ。


 ガンちゃんは真咲にした些細な事――、髪を直したり、カイロを一緒にしようとポケットに手を引き寄せたり……なんてことを、真咲だけではなく、他の誰にでもやりかねないからだ。

 いいや、多分やるだろう。


「だから、楽しみにしててよ」

「……」

「真咲ちゃんはー、しっかりしてて、動じない、光一タイプと思ってたんだけどさー。実は世話焼きで友情に篤くて、崇行タイプだったんだよねー」

「はい?」

「だから桃菜ちゃん懐いちゃってるしさー」

「桃菜ちゃんは可愛いくない? あたし一人っ子だから、あーゆー妹欲しかったわー。飯野君みたいにお弁当作れないけどさ。ガンちゃんは?」

「うん?」

「兄弟いるの?」

「いるよ、真ん中なんだ、オレ。上にアニキで下が弟でさ」

「へー」

「上下共に自己主張が強くて」

「……へえ」

 そういうタイプに挟まれた真ん中っ子だから、温和ではあるのか。

 けど、自己主張の強いタイプに挟まれたら自分の意見は通らないから、自分の意見を通す為に、現在のような性格になるのか。

「でも、兄弟いるのっていいなー」

「一人っ子の方がいいなー、戦いがないしー」

 つまんないんだけどね、と真咲は呟く。

 それに、戦いの加減がきかない。

 子犬だってじゃれて喧嘩の度合いを測るのに、真咲はそれができないでいる自分を知っている。

 女子トイレのブラシ振り上げの件だってそうだ。

 さっさと前を歩いていく斉藤の後ろ姿を見つめて、真咲はそう思う。


――謝らないとな……。


 言葉の暴力への対抗は真の暴力で! と、カッとなったのは、今になってみればやりすぎ感があったなあと真咲は思い始めていたのだった。




「ほらみろー、あるじゃんよ」

 百円ショップに入ると、斉藤は自慢気に胸を反らした。

 あるとは思わなかったガンちゃんと真咲は現物を手にして、「おお」と呟く。プラスチックで作られた冠だ。

「けどさ、姫には冠あって王子に冠ないのはどうする?」

 ガンちゃんの言葉に斉藤は云う。

「姫はティアラで王子はクラウンでしょ」

「?」

「?」

「だーかーらー王様とかは王子様は、こうヘアアクセみたいな冠じゃなくてさ。こう筒型のヤツ」

 斉藤が手で形を作って見せると、ガンちゃんも真咲も頷く。

「あー。あれね」

「ちょっとまってね、聞いてみる」

 ガンちゃんがスマホで、学校に残ってる子に連絡をとる。

「先生いる? ちょい代わって。はい、岩崎です。小道具の冠、お姫様はつけて王子はつけないの? え? えーはい。はい……わかりました、じゃあ、そっちはお願いしちゃっても? はいわかりました。失礼します」

 電話を終えると、ガンちゃんは、真咲たちに向き直る。

「先生が王子の冠つくってくれるって」

「ちゃちくならない? 多分つくるの紙でしょ?」

「これ、おもちゃ宝石をくっつければよくない?」

 キラキラしてる透明プラスチックおもちゃを手にして、とりあえず買っておこうと籠に収めた。

「でもこれってどうやって頭に載せて留めんの?」

 お姫様用ティアラを見て真咲は云う。

「ピンで」

「……」

「……」

 駄洒落ではないが、ガンちゃんも真咲もどうもピンとした表情ではない。

 そんな2人を見て、斉藤はイラっとする。

「岩崎は男だからわからないのはいーけど、鎌田は女子でしょ?」

 眉間に皺を寄せて斉藤に呆れられた。

「悪かったわね、あんたみたいに髪やら爪やらいじらないから、わかんないのよあたし」

 ふんと鼻息荒く反論する。

 ガンちゃんがまあまあと2人をなだめて、必要なものを籠の中に入れていく。

「ときっぱなしの髪もなんとかしなよ。てか、あんたいつも寝癖、ハネてね? 菊池見習えば? 生意気にも彼氏持ちのクセに、身だしなみに手を抜いてる女子中学生ってどーよ」

 真咲の、寝癖の処理はいつも苦労するところだ。

 が、それよりも斉藤の「彼氏持ち」発言に真咲は固まる。

「誰が彼氏持ちよ」

「アンタよ。岩崎と付き合ってんでしょ?」

「ないないないない」

 真咲が云うと、またまた照れちゃって~的な冷やかしな顔をしていた斉藤だったが、真咲のまったくもって否定する表情にだんだんとその冷やかし顔を驚きの顔に変化させていく。

「付き合ってないよ。好きな人なんていないし」

「……鎌田、あんた、これまで片想いとか……」

「ない」

 きっぱり言い切ると、斉藤が信じられないモノを見る目で真咲を見つめる。

「じゃあ、行きの、さっきのいちゃいちゃぶりはなんなのよっ」

「別にいちゃついてない」

 と口ではいってみても、真咲自身もどーにも説得力がないなあと思う。

「思わせぶりじゃないのさ!」

「ガンちゃんがね」

「あんたもよ」

「なんであたしが」

「その気がないのに否定しないのは、どうなのよ、相手が本気になったらどうすんの? 否定しないイコール肯定でしょ? 好きってことじゃんよ」

「ガンちゃんは誰にでもするよ、あーゆーの。多分」

 クリスマスグッズコーナーで買い足すモールをガンちゃんは選んでいた。

 その姿を見ながら真咲に呟く。

「じゃあ、あんたにカイロ渡して、あたしの手をとって自分のポケットに入れるって?」

「それはない、だって、あんた飯野君ラブじゃん」

 真咲がすぐさまキッパリと言い切ると、「飯野君」という言葉だけで斉藤は真っ赤になる。

 ……その様子を見て、斉藤はなんだかんだ言って、飯野君には本気なんだなと思った。

 だから愛衣ちゃんに対して、ああいう態度に出てしまったのだ。

 真咲と同じで気の強いタイプだから引き際がわからない。

「そんな恋する乙女にムタイなことはしませんよ、ガンちゃんは」

「じゃあアンタが飯野君狙いなら、さっきみたいのはしないっての?」

 光一の前で、飯野君がいいと公言したことはガンちゃんには知らされてないのだろうか?

「アンタも少なからず、岩崎に対してその気はあるってことよね? 飯野君がいいとか云わないってことはさ」

「いやー、飯野君はいいでしょ、うちのクラスの女子にはファンは多いよ。イケメンだし、妹思いだよー。あんた毎朝妹にご飯作ってくれる兄ちゃんいたらどうよ?」

「……飯野君やってんの?」

「ほれてまうやろー? けどさ、その飯野君はどういう人を好きになるんだろうね、とりあえずクラスメイトを保健室送りにするようないじめをする女には惚れないとあたしは思うけどね。ま……あたしも、飯野君には惚れられないよね、悪かったわよ、女子トイレの一件はさ。ごめんね」

 真咲は斉藤に謝る。

 素直にごめんねだけを云えないところは、真咲自身どうにもならないところだった。

「あたしも……つまんないことをしたわよ。菊池に悪かったって……云っておいてくれない?」

「やだ」

 斉藤の言葉を真咲はとりつくしまもなく拒否をする。

「なっ」

「あんた自身が愛衣ちゃんにいうべきでしょ、それ」

「……むかつく~、鎌田のそーゆーところ、ムカつくわ」

 斉藤のムカつくという意味はなんとなくわかる。

 真咲もガンちゃんに対して感じるところがあるのだ。

 正論なのに、ムカつく。

 そしてそれなのに手段が強引過ぎてムカつく。

「あたしは、あんたに謝ったわよ、あんたも愛衣ちゃんに謝りなよ。人づてで謝るなんて、プライドなくね? 弱虫がイジメをしてましたって、周囲にはっきりさせるみたいで、あたしなら嫌だわ」

「……わかったわよ」

 斉藤はしぶしぶ頷いた。

 ガンちゃんが、そこへビニール袋を提げて戻ってくる。

「じゃあ、また寒いけど、土手沿いから学校へ戻ろうぜ」

 そういって。また、帰りも行きと同じように、真咲はガンちゃんと手をつないで学校へ戻ったのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る