2
「――おい、遠海」
突如、自身を呼ぶ声と共に屋上の扉が開き、びくりと肩が跳ねた。
「俺がこき使われてる間に勝手に屋上行くとか酷くね」
やはり、というべきか、何故此処に、というべきなのか。顔を見せたのは、先程まで私の頭の中を埋め尽くしていた白川だった。
何か伝えなくては、とタブレットを探すも、まさか白川が此処まで来ると思っていなかった為にタブレットを持って来ていない。どうしたものかと考えあぐねていると、いつの間にか目の前まで来ていた白川が私に見慣れたタブレットとペンを差し出した。
「タブレット持たないとか、会話する気ゼロじゃん。俺以外が此処に来てたらどうするつもりだったの」
白川からタブレットを受け取ると、彼が当たり前の様に私の隣に腰を下ろした。慌てて電源を入れ、ペイントツールを開きペンを走らせる。
〈なんで此処が分かったんだ〉
「別に。この学校そんな広くないし、来るところって言ったら屋上位しかないっしょ。まぁ、いくつか空き教室は見て回ったけど……」
白川が言葉を区切り、長めの息を吐く。階段を駆け上がって来たのだろう、僅かに息が切れている。
「てかタブレット、机の上に置きっぱにするなよ。不用心だぞ。誰かが中身見るかもしんねぇじゃん」
〈見られて困るものは入れてない。筆談用のアプリと、ニュース、あと初期アプリ位だな〉
「社畜のサラリーマンかよ。スマホの方は?」
〈スマホにはもっと何も入ってない。写真も撮らないし〉
「マジかよ。ゲームとかしねぇの? SNSは?」
〈しないし、入れてない〉
パンの袋を開けた白川の顔が引き攣る。
〈そんなにおかしいか?〉
「おかしいっつーか……、お前普段何して生きてんの?」
〈読書か勉強〉
「じゃあ、漫画アプリとか入れればいいじゃん」
〈漫画は読まない。それに、書籍は紙媒体派なんだ。電子は好かん。目が疲れる〉
「俺と真逆だ。俺は漫画しか読まないし、紙の本は買わない。場所取るし」
会話が途切れ、沈黙が流れる。私と白川の間を風が吹き抜け、お互いの髪をふわりと揺らした。
この一週間、ずっと気になっていた事があった。本来であれば初日、遅くても二日目、三日目位には聞いておくべき事だったのだろうが、白川があまりに普通に接してくるものだから中々言い出す事が出来なかった。
暫し悩んだのち、ゆっくりとペンを動かしタブレットに文字を書く。
〈私の障害の事、気にならないのか?〉
ディスプレイに目を向けた彼が、ぴたりと動きを止める。
〈もう既に、来栖先生あたりから聞いてるとは思うが〉
「別に」白川がふい、とタブレットから顔を逸らして、「来栖先生からは何も聞いてねぇよ」
何かを深く考え込む様なその横顔は、いつもに増して真剣に見えた。
再び訪れる沈黙。私と白川の間を流れる風が心と心の境界線を表している様に思え、柄にもなく〝寂しい〟なんて感じてしまう。
話題を変えよう。白川に振れる話題などたかが知れているが、ペンを握り直し必死に頭を回しながら真っ白のディスプレイを見つめる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます