前のエピソード――７

　痛む足を引き摺りつつ教室へ戻り、深く息を吐きながら自席に着いた。ただでさえもう既に一日分の体力は消費しきってしまっているというのに、また更に無駄な体力を使ってしまった。

　鞄の中から、家から持参した惣菜パンを取り出す。学生の定番ともいえる焼きそばパンと、デニッシュ生地にグラタンフィリングが詰め込まれた洋風のパンだ。焼きそばパンの袋を開け、パンを齧りながらタブレットでニュースアプリを開く。

　本当なら行間休みに出来なかった読書をしたかったのだが、流石にパンを片手に本を読むのは厳しい。かといって電子書籍を読む気は無く、仕方なしに通学中のバスの中で見たばかりのニュース一覧を眺めていた。

　丁度、咀嚼していたパンをごくりと飲み込んだ時。「遠海さん」と媚態のある声で名を呼ばれた。今日はよく人から話しかけられるな、と思いつつ顔を上げると、そこに立っていたのは今朝と同じ柔らかな表情を浮べた椎名さんだった。

「白川くん、どこ行ったの？」

　どいつもこいつも白川白川と、いい加減鬱陶しくなってくるな。そんな不満を顔に出さない様に表情を引き締め、ペイントツールを開き〈職員室で来栖先生と話してる〉と答える。

「遠海さんも呼ばれてたみたいだけど、何の用事？」

　椎名さんは私の返答に納得していないのか、食い下がる様に言葉を続けた。特別隠す必要も無かった為、再びディスプレイにペンを走らせる。〈白川の校内案内を頼まれた〉

「断ったんだね、遠海さん」

　何が面白いのか椎名さんがくすっと笑い「まぁそれもそうだよね。遠海さんは喋らないし、足も悪いもんね」と明るすぎるとも思える口調で言った。

　悪意のない悪意、という感じだ。つきたくなる溜息を飲み込み、それ以上タブレットには何も書くことなくコクリと頷く。

「白川くん可哀想だなぁ。初日で学校にも慣れてないんだから、遠海さんも冷たくしちゃだめだよ」

　にこりと笑って、椎名さんは元居たグループの方へ戻っていった。最後、言葉の節々に悪意が見えた気がしたが、気付かなかった事にしておこう。

　椎名さんの居たグループは、机を四つ合わせて皆で囲む様にお弁当を広げている。椎名さんの取り巻きとも言える女子三人が刺々しい視線を私に向けていたが、椎名さんが戻ってきた事によって笑顔で会話を再開しだした。

　再びタブレットに視線を落とし、パンを齧る。新たなニュースは更新されておらず、一覧は朝見たままで止まっている。こんなものを見ている位なら、今朝と同じ様にネットショップでも開いて新作の本を探していた方が有意義だろうか。思い返してみれば、今朝カートに入れた本の注文手続きをまだしていない。ニュースアプリを手早く閉じ、ネットショップを開いた。その、瞬間。

「あのさぁ」

　高いとも低いとも言えない男の声が教室中に響き渡った。