誤解です。

 翌日の昼休み、今日も俺とジャンヌはアルタイルに来ていた。いつものように賑っている店内だが、昨日と少し店の雰囲気が違う事に気付く。最初は分からなかったが、注文する時その正体に気付いた。




 カウンター近くの席を四、五人の集団が陣取っている。他の生徒達がそれこそ隙間なく詰めて座っているのに対し、彼らは椅子に足を乗せたり寝そべったりして、まるで自室のように寛いでいる。


 これだけ見てもかなり非常識だが、彼らの食器は既に空になっているので、食べ終わっているにも関わらず居座っていることが分かる。


「食べ終わったら直ぐ出ないといけない」という暗黙の了解のあるこのアルタイルで、かなり反感を買う行為だ。




 これだけ迷惑行為を働いていれば誰かが注意しても良さそうなものだ。何せこの学食を利用しているのは己の魔法や腕力に自信を持つ魔法戦闘学部の連中ばかりなのだから。


 ところが彼らを注意する者は誰もいない。それどころか全員どことなく彼らを避けているように見える。


 どうも妙である。




「あの連中は何なのだ?」




 先に二人掛けの席を取ってくれていたジャンヌに聞いてみた。




「自警団よ。第二自警団」






 ジャンヌは素っ気なく答えた。


 自警団と言えば生徒会執行部の下部組織であり、素行の悪い者や犯罪に手を染める生徒を指導する役割を担う。彼らは全員、現役の生徒達で構成されているが、学園内での補導、逮捕権まで持っているという。


 何故生徒にそんな重要な権限が与えられているのかというと、知っての通りこの学園の生徒総数は二万人超えの大所帯だ。




 当然この数を教師だけで見張るのは限界があり、確実に目の行き届かないところが出てくる。それを防ぎ、学園内の治安を維持するために組織されたのが自警団なのだ。


 ただ……。




「ほう、あれが第二自警団か……」




 その重要な役割を担う自警団は学園内で十以上あるのだが、中には権力を傘にきて悪さを働く組織も存在する。


 その中で最も悪名高いのが今、席を占領している第二自警団である。席を占領するくらいならまだ可愛い方で、実際は裏でもっと悪どいことをしているという噂だ。




 そんなに評判が悪ければ、職を降ろされそうなものだが、どうやら自警団団長の男が権力者の息子らしく、誰も口出し出来ないのが現状らしい。


 反抗者への報復も徹底しており、彼らによって病院送りにされたり、退学に追い込まれた生徒達は数知れないと聞く。




「……ジャンヌ。今回は大人しくしているのだな」


「どういう意味?」


「いや、貴様の性格であれば、あのような振る舞いをしている輩には誰であっても食ってかかりそうだと思ってな」


「私だってあいつらとは関わりたくないわ。絶対にややこしくなるもの」




 そう言って眉をひそめる。ジャンヌが関わりたくないと言うなんて相当だ。俺もあんなのとは未来永劫関わりたくない。


 俺が目の前のパスタに手を付けようとした時である。不意に甘い葡萄の香りが鼻腔をついた。




「クラウス様」




 澄んだ声が直ぐ隣から聞こえる。恐る恐るそちらを見ると、紫色の長髪を持つ少女が潤んだ瞳で俺を見つめている。どこから調達したのか、椅子も持ってきている。




「貴様は、ルナ・グレイプドールではないか」


「奇遇ですね」




 ルナは嬉しそうに笑った。元の顔が整っているだけに、その笑顔はとても眩しく見える。思わず見惚れてしまいそうだ。本当に、呪いを解いた後のルナは垢抜けた。


 まだ少し人目を気にしておどおどとする所はあるものの、歩く姿勢にも、話す姿にも自信が加わったように感じる。とにかく軸がブレない。


 元々強かった目力も更に強くなったような気がする。今の彼女ならアリくらい睨み殺せるんじゃないだろうか。


 彼女の立ち振る舞いを見ていると、呪いが解けて自分に自信が付いたと言うよりは、元から持っていた自信を取り戻したように思える。




「ルナって、あの?」




 ジャンヌが俺の方を見て聞く。「呪いの女」なのかと聞こうとしているのだろう。俺が頷こうとするとルナが申し訳無さそうに言った。




「あ、はい。そうです。私は【元】呪いの女のルナ・グレイプドールです。ごめんなさい。気付かなくて……」




 一瞬ジャンヌの目蓋がピクッと動いた。「今までジャンヌの存在に気付かなかった」とも取れる言葉だったからだろう。


 何かややこしいことになりそうだな。早く退室したい。


 ルナはジャンヌの方を一瞥した後




「えっと、この方は……」




 と俺に聞いた。二人とも初対面なので俺が仲介役みたいなっている。




「私はジャンヌ。ジャンヌ・オリオールよ。よろしく」


「まあ、素敵な名前。お二人はどういう関係なんですか?」




 ルナは食い気味に切り返す。こいつこんなに話すの早かったっけ。




「別に、ただの友達だけど」


「友達」




 ルナは嬉しそうに繰り返した。




「何?」




 ジャンヌの声が少し苛立ってきた。




「い、いえ。何も他意は無いんです」




 と言った後、ルナは困ったような表情で俺の方を見た。




「クラウス様、私たちの関係はどう形容したら良いのでしょう?」


「どう、とは?」


「私たちは出会って間もない間柄ですが、身体の関係があるではないですか」




 俺は口にしたパスタを麺のまま鼻から吹き出しそうになった。それ完全に不倫した時の言い方だろ!


 ジャンヌの表情が険しくなる。もう不快感を隠そうともしていない。




「ク、ククク……ルナ・グレイプドールよ、誤解を招くような言い方はよすのだ。確かに我々は多少の」


「クラウスは黙って」


「はい」




 やだ怖い。空気がどんどん張り詰めていて、最早いつ爆発するか分からない。




「身体の関係って何?」




 ジャンヌは汚物を見るような目で俺とルナを交互に見る。黙れと言われたから俺は口を挟まない方が良いのだろうか。ジャンヌは俺の方をじっと見た。




「何で黙ってるの?」




 どうすりゃ良いんだよ!




「えっと」




 ルナは口に手を当て、何やらもじもじとはにかみ、遠慮がちに俺を見た。




「キス、とか」


「は?」




 瞬間的にジャンヌの持つスプーンがぐにゃりと曲がった。丸くなったところの付け根ではない。普段持つ柄の部分が粘土のようにねじ曲げられたのだ。金玉がキュンキュンする。


 あんなのに掴まれたら俺もタコのような軟体動物として生きていくしかなくなるではないか。




「どういう事?」




 ジャンヌの顔は無表情に俺を見ている。うん、これは人を殺す時の目だ。返答次第では俺が第二のスプーンにされかねない。




「キス、したの?」




 ジャンヌの目が鷹のように鋭く冴えている。ここで「はい。キスしました」なんて言う勇気はない。嘘で乗り切ろう。きっとルナも俺に合わせて「冗談でした」くらいは言ってくれるだろう。




「し、し、していない! あれはルナの冗談のようなもので」


「ええっ! ひどいです! 私たち初めて同士の初々しいキスを交わしたではないですか!」




 空気を読めええええ!!!!!!! 下ネタ通じないんだぞこの人! 何だそのエッチな表現は! ちょっと興奮してきたな!




「どうして嘘ついたの」




 ジャンヌの目がギラリと光った。無理無理無理無理! めっちゃ怒ってるじゃん! 完全に俺の読みが裏目に出て浮気バレたみたいな感じになってるんだが! 




「誤解です。えー、ジャンヌさん。クラウス様は悪意のある嘘を付く人ではありません」




 ここでようやくルナが援護してくれるらしい。いやもう遅い気もするけど。




「私の呪いを解くために、キスは必要な事だったのです」




 いやキスに関してはお前が早とちりしてそうなっただけだろ。と思ったが、今は合わせるしかない。




「呪いを解くために必要なキスって何よ」




 至極真っ当な指摘である。




「呪いを解くためには身体を触れ合わせる必要があったのです」


「そうだ」




 俺は鷹揚に頷いた。




「キスをした後、私はクラウス様に制服を脱がされ下着だけの姿になってしまいましたが、それも必要な事だったのです」


「そうだそうだって違あああああああああああう‼︎‼︎‼︎」




 ここでジャンヌの顔が嫌に優しくなった。




「クラウス。水死と焼死はどっちが良い?」




 服を選ぶかの如くカジュアルなノリで聞いてこないで! っていうか俺殺されるの!?




「誤解だ! 我はやましい事など何もしていない!」


「そうです。クラウス様は半裸のままの私を押し倒して、そこから抱き合って、身体をよじらせながら呪いを解いて下さっていたのです」




 何この火に油を注ぐ女ぁ!! っていうか押し倒されたの俺の方だぞ!




「クラウス、ちょっと話があるんだけど」




 ジャンヌは指をポキポキ鳴らせながら、笑顔で俺を見ている。笑顔だが彼女の髪が逆立って戦闘民族みたいに見えるのは気のせいだろうか。


 それは本当に話だけで済ましてもらえるんですか? 手とか足とかとか取られたりしませんか?




 俺がどうやって弁明を試みようかと冷や汗を流しながら考えていた時だった。カウンターの方で食器の割れる音が甲高い音が響いた。




「おい貴様! 俺を誰だと思ってやがる!」




 あの自警団達であった。


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