間話:うちの学食がおかしい

 


 昼休みになると、学食「アルタイル」には沢山の生徒が詰めかける。総生徒数が二万人を超えるビナー魔法学園だけに、学食の数は数え切れないほどあるのだが、その中でもアルタイルはかなり人気のある部類と言える。


 授業が終わって直行しなければ直ぐに席は埋まってしまうし、埋まった後でも行列が出来ているくらいだ。


 人気の理由は学生向けの良心的価格と、料理に魔法を使っているので商品が出てくるのが非常に早いこと。そして何より優秀なコック達によって作られる確かな味である。


 元宮廷料理人が何人かいるらしい。




 通常ここは、地理的に、また昼時間の長さ的に、魔法戦闘学部の生徒か医療魔法学部の生徒しか利用しない。というか出来ないはずなのだが、アルタイルの味に魅せられた他学部の常連達も一定数存在する。




 例えば、ここから学舎が最も離れている魔法料理学部の生徒も何人か通っており、彼らは走ってやってきて、急いで料理をかっ込み、また走って自分たちの学舎に戻っていくという、まるでピンボールのような昼休みを送っている。




 このように非常に繁盛しているアルタイルなのだが、一つ下の階にも「ウッド」という学食が存在する。しかしそこはアルタイルとは対照的に人が少ない。他の学食が大混雑する時間帯でも席は半分ほどしか埋まってない有様だ。


 また、他の学食では生徒達の話し声で満ちているのに対し、ウッドの中は水を打ったように静かである。食事をしている生徒達も皆、まるで去勢された直後の犬のような沈痛の面持ちで食べている。




 それにしても二階のアルタイルがめちゃくちゃ混み合っているのだから、少しくらいは人が流れ込んでも良さそうだが、ウッドはその圧倒的アドバンテージを跳ね除けるほどやばい店として有名だった。






 仮に不味いだけの店であればもっと繁盛していただろう。どこの国にも味オンチと呼ばれる人種は存在するもので、彼らはどんな不味い料理も美味そうに平らげる特性を持っている。


 例え「不味い料理選手権優勝店」とか「食べる拷問」とか「忌み地」などと親しみを込めて呼ばれるウッドの料理であっても、食べてしまう奴はいるだろう。






 ウッドは五十年前から店を出している老夫婦によって経営されているのだが、この夫婦がとにかく癖が強い。




 どのように癖が強いかは、俺が以前ウッドを訪れた時の体験談において話そうと思う。




 その日、あまりに混み合ったアルタイルに嫌気が差した俺は、ジャンヌから「絶対に行かない方がいい」と釘を刺されていたウッドに足を運んだ。




 店内はどこか陰鬱な印象を受ける。日取り窓やガラス張りの戸はあるものの、鬱蒼と茂る木や草によって入り込む陽光が極端に制限されているからだろう。


 綺麗にレイアウトされたアルタイルとは対照的である。この時点で少し帰りたい気持ちに駆られるのだが、今からアルタイルで死ぬほど待たされるのを考えると、それは躊躇された。俺は軋む木の床を踏んでカウンターの方へ向かう。




 カウンターの奥が厨房になっていて、背中の曲がった老夫婦が忙しそうに立ち働いている。とてもお年寄りには見えないほど動きは機敏だ。なるほど。五十年も続けられるわけである。




 俺が感心していると、お婆さんの方が俺に気付いて「いらっしゃい!」と声をかけてくれた




「何にする?」




 近寄ってきたお婆さんが言う。俺は天井近くの壁に張り出しているメニュー表を見た。どれも油塗れでかなり黄ばんでいるが、読めなくはない。




「ではシーフードパスタを頂くとしよう……」




 俺はいつものポーズを取って注文した。するとお婆ちゃんがカッと目を見開き、おじいさんの方を向いて叫んだ。




「あいよ、おじいさん! カレー五人前!」




 俺はたった今目の前で起こった錬金術にどうしたら良いのか分からなかった。待て。どう言う聞き違いをしたらシーフードパスタがカレーに化けるんだ。しかも五人前って俺はフードファイターか。


 と思っていると、奥でフライパンを振るっていたおじいさんが




「あいよ! Aセット一丁!」




 と威勢よく返事した。いや会話成立してないやんけ! 何に対しての「あいよ」だよ!


 俺は一応、文句を言おうと考えた。しかし二人とも殺気立っており、とてもじゃないが訂正出来る雰囲気ではない。あいよ!


 俺は仕方なくメニュー表からAセットの中身を探した。今日は牛肉のステーキだ。まあ悪くない。






 仕方ないのでAセットが出来るのを待っていたら、おじいさんが奥からお盆を持って走ってきた。その血走った目は明らかに俺を見ている。


「あいよ! チキンライス八人前お待ち!」




 だから「あいよ」じゃねえよ! 何名様でお越しだと思ってやがる! こちとら一名様だぞ!! 誇り高きボッチ飯だぞ!! 


 と思い、出てきた料理に目をやると、油の浮いたスープの中に麺が入れられた料理、ラーメンが湯気を上げている。いやチキンライスどこだよ! いやその前にAセットもカレーもパスタも全部神隠しにあってるんだけど! どうなってんだ?! 一体厨房の中で何が起こってるって言うんだ!




「お、おい。これはラーメンでは無いのか?」




 俺が恐る恐る指摘すると、いきなりおじいさんは俺の胸ぐらを掴んだ。




「おいガキィ! テメェ俺の麻婆豆腐が食えねえってのか!?」




 麻婆豆腐どこ!? おじいさん! おじいさん!! あなたの前でモクモクと湯気を上げているこの麺料理は何なんだい!?




 もしかしてこの学食では光の屈折か何かで人によって見える料理が違っていて、俺が見ているものとおじいさんが見ている料理は全く違うものなのかも知れない。そう考えると少しも納得出来ない。




「え、えっと。らー……麻婆豆腐、食べさせてもらいます……」




 納得は出来ないが、このままだと殴られかねない勢いだったので、俺はおじいさんに合わせる事にした。するとおじいさんは気が済んだのか手を離してくれた。




「分かりゃ良いんだよ。少し麺多めに入れといたから熱いうちに食えよ」




 やっぱりラーメンじゃねえか! 駄目だ。このままこの学食に居ると頭がこぶ結びになってしまう。


 俺は箸を取り、急いで麺を啜った。そしてお碗を置き、フゥッと息を吐く。口から湯気がわずかに飛んでいくのが見えた。


 うん。さっきは注文で色々あってどうなる事かと思ったけど、やっぱり料理店で大事なのは味だな。死ぬほど不味いわ。




 あっさり系の見た目と匂いをしているのに、まるで砂塗れのアサリからアサリを取り除いたような味と食感である。これを完食するのは間違いなく苦行だ。店の外から見えた客の顔が一様に修行僧のようだったのに納得いった気がした。




 それでも完食しないとまた怒られそうなので、俺は無心で麺を啜った。何度か飲み込めずに逆流しそうになりながら、どうにか完食出来た。




「ご、ご馳走様……」




 俺が恐る恐る返却口に食器を戻しに行くと、おじいさんが笑顔で




「おう! また唐揚げ食いに来いよ!」




 と言った。俺は一体何を食べていたんだろう。

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