ニックと紅花 1

 今日は登校中と1時間目の授業以外は相変わらず虚無の時間を過ごし、また昼から専攻授業の時間がやってきた。




 ひたすら憂鬱である。きっと今日もいっぱいケツしばかれるんだろうな。ちなみにその予想は寸分違わず当たった。




 リーザ先生の部屋では甲高い鞭の音がピシャリ、ピシャリと鳴り響いている。


「痛ぁあっ!!」


「ほらホラァ! 早く魔力を集められるようにならないと鞭打ちの刑だよ!」




 いやもう処されているでござるの巻ぃ!!!










「俺、読み書きが出来ないんですけど、どうしたら良いですかね?」




 短い休憩時間中、尻をさすりながら聞いてみた。今の俺は授業について行ける行けない以前に、圧倒的「手遅れ」なのである。




「え? まだ鞭が足りないって?」


「いやもう十分です。勘弁してください」


 これ以上やったら尻が四つに分裂して切り分けられた桃みたいになるわ。




「本当に担当者から何も教えてもらってないんだねえ。放課後に外国人向けの授業があるから、そこで会話とか読み書きは教えてもらえるよ」


「そう、なんですか?」


「うん。クラウス君も別大陸出身だから絶対クラスを割り振られてるはずだよ。寮に帰って資料を確認してみ」


「分かりました」




 とは言ったが俺は資料が読めない。そこでわざわざ寮まで戻って全ての資料を取って(どれが外国人向け授業の資料か分からなかったため)リーザ先生の部屋まで戻り、そこで外国人向け言語教室の場所を教えてもらったのだった。




 農民だった頃は読み書きが出来なくて不便だと思った事は一度も無かったが、もっと勉強しておけば良かった。と今になって少し後悔する。






 ※








 放課後、日は西に傾いていて、学舎の落とす影は校庭に長い長い影を落としている。


 俺がやってきたのは西の離れにある建物で、ここまで登ったり降ったりを繰り返して、軽いハイキング気分だった。




 目の前にあるのは木造のかなり古そうな建物だ。


 中に入ると薄暗く、すえた木の匂いが鼻をつく。ビナー魔法学園は全体的に古くて荘厳な歴史を感じさせるが、ここはどちらかと言うとただ古臭い感じだ。




 ギシギシ鳴る廊下を進んでいくと、ちらほら明かりの付いている教室が目に入る。確か、ここを右に曲がって、左の一番最初の教室だったはずだ。


 俺は教室の扉に手をかけ、一度息を吐いた。




 この授業を受ける他の生徒たちと仲良くなれるかは分からないが、安心している事が一つだけある。ザビオス族の生徒と会わなくて済むということだ。


 何故ならこれから俺が学ぶのはザビオス語の読み書きであり、そこにネイティヴのザビオス族が出入りしていたらそれはかなり変な話になる。




 期待しているわけではないが、一人くらいは友達が出来たら良いな。と思って扉を押し開けようとした時だった。


 不意に中から扉が引かれ、その勢いが強かったので俺はドアノブを離してしまった。中から人が出て来ようとしたらしい。




 顔を上げると、そこには俺を見下す影があった。こちらからだと逆光になっているので少し気付くのに時間がかかったが、その男は金髪で、金色の瞳をしている。




 脇から汗がだくだくと噴き出してきた。


 で、ででででっででっででっででっで出たあああああああああああ!!!! 本日二度目の出血大サービスでございますううう!!!


 ちなみに出血する事になるのは俺である。男は細い眉の間にシワをよせ、半ば睨む形で俺を凝視している。


 あ、殺されりゅ。




「ま、ままままま間違えまちた」




 俺は自分のキャラも忘れ、素早く出て行こうとした。きっと何かの間違いだ。そもそも部屋を間違えたんだ。


「待てよ」




 と、腕を掴まれる。まるで鉄で鋳固められたかのよう手が動かない。凄い力だ。




 こんな時に何だが一つ補足しておくと、世界には大きく分けて四つの人種がいる。一つは特徴のない普通の人族。二つ目は身体能力の高い「戦士型」種族。三つ目は魔力の高い「魔道士型」種族。ちなみにギラ族は魔道士型の種族にあたる。そして四つ目は、戦士型と魔道士型の特性を併せ持ったハイブリッド型種族。ザビオス族はこれに当たる。




 つまり、俺がどれだけ力で抵抗したところで、このザビオス族の拘束を振り解ける可能性は無いと言うわけだ。ただ、




 いやあああああああ! 離ちてええええええええええ!! 俺は心の中で目一杯抵抗していた。ザビオス族に捕まってしまえば最後。あとの願いは「私、死ぬの初めてだから優しくしてね❤︎」のみである。




「おう、オメエ新入りだよな! 昨日来るっつってたのに来なかったからよお! みんな心配してたんだよ!」




 場違いなほど大きな声が廊下に響き渡った。叫んだ、と言う表現の方が近いかもしれない。




「し、新入りって外国人向け授業の……?」


「そうだぜ? まあ入れよ! まだ誰も来てねえから退屈しててよお!」




 男は俺をひょいと掴み上げて部屋に入れた。一瞬、胃と金玉が宙に浮いたような気がした。




「オメエ名前何つうの?」


「わ……我は」


「俺ぁニックって言うんだけどよお!」


 おい、何で自分から聞いといて最後まで聞かないんだよ! 


「でオメエ名前何つうの?」


 何この二度手間。


「わ、我が名はクラウス・K・レイヴンフィールド」




 第十三式〜とか名乗ったら俺がギラ族だとバレるかもしれないので、そこで止めておいた。




「へえ、良い名前じゃねえか。ところでそれ、どっからどこまでが名前なんだ?」




 全部名前だよ!






「で、オメエ出身どこなんだべ?」


「わ、我は」


「俺ぁザビオス帝国のイエローヒルっつー片田舎で百姓してたんだけどよお」




 だから何でさっきから自問自答してるんだよ! 俺の話聞けよ! ……と思ったが、俺がギラ出身だと気付かれたらこいつの態度も一変する可能性もある。まあこの容姿で最初からバレている可能性もあるが。




「で、オメエ出身どこなんだべ?」




 いや、その質問には答えられない。きっと出身国を偽っても、突っ込んだ質問をされたらバレて死亡だし、素直にギラだと答えたらそれはそれで死亡である。




 ここは得意の中二病語で有耶無耶にするしかない!




「ククク……我が一族は闇に愛されし漆黒の一族……」


「ギラか?」


「あ、待って! 違うの!」


 違わないけど。




「ククク……我の出身がどこかだと……? それは何故この世に光と闇が存在するのか? という問いに似てはいないか?」


「やっぱギラか」


「違うのぉぉおおお!」


 違わないけど。




 どうすれば良い? まさかこんなバカっぽい喋り方をしているのに的確に俺の出身地を当ててくるとは思わなかった。いやバカなのは俺の方か。


 俺は焦って来た。悪い予感ばかりが先行し、身体の震えが止まらなくなって来た。




 するとニックと名乗ったザビオス族が急に、着ている制服を剥ぎ取った。ボタンが辺りに飛び散る。


 俺は突然の奇行に固まるしかなかった。何それ!? 俺襲われるの!?

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