闇魔法の先生 1


 午後からは実技の授業である。


 ジャンヌの話では、一年生の間は午前中はクラス共同で基礎の座学や実技が、午後は専攻する属性魔法(例えば水魔法や、俺なら闇魔法)に分かれての実技が多いと言う。






 闇魔法専攻の教室に向かいながら俺は一抹の不安に駆られていた。


 他の生徒が誰もいないのである。「達磨さんが転んだ」のように何度も廊下を振り返ってみたが、生徒どころか人自体いない。


 心細さは募る一方だ。




「もしかして、場所を間違ってるのか……?」




 いや、そんなはずはない。教室の場所を教えてくれたのはジャンヌだ。彼女はわざわざ建物の前まで送ってくれて「3階の一番北側の突き当たりの部屋だよ。いい? 分かった?」と、お母さんのように念を押してから去って行った。




 彼女が場所を間違えるとは思えないし、嘘を付くとは微塵も考えられない。他の生徒は昼寝して寝過ごしていたり、学食で集団食中毒を起こして遅れているとでもいうのだろうか。




 何にしろ、このままでは魔道士学科の一年生で闇魔法を学ぶのが俺一人ということになってしまう。学園の規模からしてもそれは考えにくい。




 色々考えながら歩いていた俺はやがて廊下の突き当たりに辿り着いた。が、にわかに緊張感が増してきた。空気が重い。窓からは晴天の日差しが込んでいるというのに、その場所だけやけに暗い。




 ピカピカに磨き上げられていたはずの壁や廊下は、その部屋の前だけくすんでおり、天井には蜘蛛の巣が大量に張り巡らされている。




 ……本当にここで合っているんだろうか。俺の目の前には重厚な色合いのオークのドアがまるで門番のように鎮座している。




 このドアを開けるにはちょっと勇気が必要だ。果たしてこの先にいるのは本当に人間なのか。もしかしたらヤギの頭に蛇の体をした化け物かもしれないし、魚の頭に魚の体を併せ持つ魚かもしれない。




 ヘタレの俺は一人で部屋に入る勇気が持てず、暫く扉の前で他の生徒が来るのを待っていたが、誰も現れる気配がない。このままでは授業が始まってしまう。


 ええい!




 俺は溢れ出る手汗を感じながら、意を決して二度ノックした。コンコン、と乾いた音が響く。一気に体が強ばる。出て来ないで欲しいと気もするが、誰もいないとなるとそれはそれで困る。


 しばらく待ってみたが反応はない。何だ、誰もいないのか。ちょっとホッとした時だった。




「はーい」




 不意に少女の声がした。びっくりして体が浮きそうになる。




「どうぞー」




 立て続けに響いてくる少女……というより明らかに子供の声。無垢で邪気が無く、まだ小学生くらいの印象を受ける。


 俺の頭の中は?マークで一杯だった。俺しかいない闇魔法専攻の生徒に、地獄の門の如きドア。そしてその中から響いてくる幼女の声……。




 一体この先に何があるというんだ。俺は半分の不安と半分の好奇心を胸に、分厚いオークのドアを体重を使って引き開けた。


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