でかい。


 魔法の「始まり」については諸説あるが、現在、魔法の興った地として一番有力とされているのがここ、「マナ」国である。


 この国は古くから魔法によって成り立ってきた。四方を強国に囲まれ、何度も侵略の憂き目に遭いながらも、その度に魔法の技術を発展させてきた国だ。




 俺を乗せた馬車は今、マナの地方都市「オルガン」の市街地を走っている。


 馬車から外を見ると近代的な建物が立ち並び、多くの人々が行き交っている。人々のほとんどが学生風であるのは、このオルガンが学園の密集した「学生街」だからだろう。


 多数の学校組織が集まり、その学生相手に商売をする人々や店が集って一つの街になっている。




 地面を横切る影。空を見上げると、ホウキにまたがった魔法使い達が青空を縦横に飛び交っている。




「でっかいなあ」




 田舎からギラの王都に出てきた時も「これが都会だっぺか」と腰を抜かしたものだが、このオルガンの街は人、建物、活気、全てが桁違いだ。驚きすぎて腰どころか膝の皿も割れそうだ。




 視線を大通りの建物群から遠くへ移していくと、小高い丘の上の一際大きな建物群に気付く。その建物群こそ、今日から俺の学び舎となる予定のビナー魔法学園である。




 ビナー魔法学園は、このマナの国を初めて統治した人物が千年以上前に創設したとされる、非常に歴史ある学園だ。


 この学園からは世界的にも有名な魔法使いが沢山輩出されており、この国、ひいては世界の魔法技術の成熟に大きな貢献をしているとされる。


 近年では学部、学科、学び舎が増設されており、それに伴い生徒数が増えている。




 また「世界における魔法の普及と人材の育成」という理念に基づいて外国からの生徒も積極的に受け入れており、現在の生徒総数は2万人を超える……。


 と、スカウトのおじさんに教えてもらった。ここで俺の学園生活(2回目)が始まるのか……。




 俺を乗せた馬車が魔法学園の門を越えた。




 敷地の中央には馬車がすれ違える大きな道が通っており、そこを数えきれないほどの生徒達が歩いている。


 四方には乳白色の、幾何学的なシンメトリーの建物が数え切れないほど建っており、そのどれもが天辺を見上げれば首の後ろが痛くなりそうなほどの高さだ。まさに壮観である。


 最早学園というよりも一つの「街」と言って良いのかもしれない。




 外から見ても大きかったが、中に入って改めてその広大さに圧倒させられる。ここ全部畑にしたらいっぱい野菜が取れるだろうな。




 俺の気分は否応にも高揚してきた。ここなら今までの自分を変えられるかもしれない。きっと多くの事を得られるに違いないという期待が胸に込み上げてくる。




 前の学園では色々あって辞めることになってしまったが、それは俺の覚悟が足りてなかったからだ。でも今は違う。俺は復讐の炎に燃えているのだ。


 絶対にエンゲルベルトより強い魔法使いになって恨みを晴らすまでは、絶対に諦めない! 弱音を吐かない! 最後までやり切る!




 待ってろエンゲ。絶対お前よりビッグになってギラに帰ってくるぜ!








 ◇◆◇◆◇◆ ◇◆◇◆◇◆ ◇◆◇◆◇◆ ◇◆◇◆◇◆ ◇◆◇◆◇◆ ◇◆◇◆◇◆ ◇








 故郷に帰りたいっぺ。


 俺は廊下に一人立ち尽くし、泣き出したい気持ちに駆られていた。


 新生活に胸を躍らせていたあの日の僕はどこ? いや、あの日どころか三十分前なわけだが。






 今から少し前、俺は担当の教師からざっと説明を受けた。本当にざっと、まるで「さっと湯通し」の如き雑な説明だった。


 どうやら寮の場所や、今日から行くクラスの場所、それから生徒としての心構えなどを話されていたのだが、口頭で言われても敷地が広すぎてどこがどこだか分からない。




 それを聞こうとすると、非常に面倒くさそうに


「近くの先生に聞きなさい」


 と言わたのだが、じゃあお前は何なんだよ。通りがかりのおっさんか?


 また、雑なのに加えてマナの話し言葉はギラのそれとはかなりイントネーションが異なる発音で、非常に聴き取りづらい。


(何故大陸を隔てたギラとマナの言語が同じなのかは後述する)




 結局、


「では寮に荷物を置いたらすぐさっき言った教室に向かうように」


 と言って教師は去って行った。




 俺は焦った。もう寮に行って荷物を置いてくる時間も無さそうなので、重い荷物を抱えたまま手当たり次第に歩き回ってみたが、いかんせん広すぎる。ご存知の通り俺は文字が読めない†選ばれし存在†なので地図を当てに出来ないし、まともに歩いて探そうものならダンジョン探索くらい時間が掛かりそうだ。




 誰かに聞けば良かったのだが、どうやら既に授業が始まっているらしく、無限回廊の如く伸びる廊下に存在するのは静寂と俺だけだった。私と踊って静寂さん。


 で、「故郷に帰りたいっぺ」となったわけだ。


 再び途方に暮れる俺。




「あんた、何してんの?」




 やや低い少女の声。人がいた! ここは聞くしかない。もう恥ずかしがっている場合じゃない。この気を逃せば、俺は今日ずっとこの廊下を亡霊のように彷徨うことになるだろう。




「あ、あの……」




 振り向いて道を聞こうとした瞬間、俺の目は少女のある一点に吸い付けられた。


 胸である。


 男子諸君であれば、見ようと思っていなくても女子の胸に目をやってしまった経験が何千回かはあると思う。しかし今回のそれは「胸」としてではなく、身体の「部位」としてもかなり巨大なものだった。




「巨乳」と言う言葉ではおこがましい。「爆乳」と言う言葉でギリギリ収まらないくらいの暴力的な大きさだった




「何? どうしたの?」




 少女は胸を揺らして寄ってくる。いや、どっちかと言うと胸自体が圧迫しきているかのようだ。


 俺はそこでようやく自分の状況を思い出した。




「あ、あの……魔法戦闘学部魔道士学科一年P組の教室に行きたいんですが……」




 グヘヘ、この胸はPカップより大きいのかなあ、と言う非常にゲスい思考が頭をかすめる。




「ああ」




 少女は何かを納得したように頷いた。改めて顔を見ると、桃色の髪を背中にかからない長さで切りそろえており、キリッと大きい瞳や、一文字に結ばれた口は彼女の意思の強さを表しているかのようだ。




「ひょっとしてあんた転校生?」


「あ、はい」




 少女はふっ、と鼻で笑った。


「タメ語で良いわよ。私も一年生。何ならあんたと同じクラスだし、教室まで案内してあげるわ」


 言いながら少女は背を向け歩き出した。速度はかなり速い。行動の速さに頭の良さが感じられる。




「あ、ありがとうございます」




 俺は少女の後を慌てて小走りで追いかけた。




「タメ語で良いってば」




 少女は振り返らない。めっちゃツンツンしてるな。君の乳首をツンツンしたい。


 後ろから見ていても彼女の胸がたゆんたゆん揺れているのが見える。




「私はジャンヌ。ジャンヌ・オリオールよ。あなたは?」


「あ、クラウスです。クラウス・K・レイヴンフィールド」


「タメ語」


「あ、すみま、ごめん」




 なお、これらの会話は全て歩きながら行われている。あまりにジャンヌの歩く速度が速いので、こっちはちょっと息切れしてきそうだ。




「どこから来たの?」


 再びジャンヌが聞いた。出身地を聞いているらしい。


「ギラだよ」




 すると一瞬、ジャンヌの歩む速度がゆっくりになった。しかしすぐ元の速度で歩き出す。どうかしたんだろうか。


 ギラに観光に来たいと思っているんならあまりオススメしない。マナと比べたら超が付くほど田舎だし、観光地もそんなに多くないし、何より中二病が感染る。




「気を付けなさい」


「え?」




 俺はジャンヌが何のことを言っているのか分からず、一度聞き返した。するとジャンヌは歩いたまま顔を半分こちらに向け、




「ギラの子は狙われやすいから気を付けなさい」




 と言った。

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