五 藤裳は愛しの女房

 神無月(十月)十日、明け六ツ(午前六時*日の出の30分前)だ。まだほの暗い。外は雨模様らしい。


 藤五郎は眠っている藤裳を見つめた。

 今は閉じていて見えぬが、藤裳の目は大きくて綺麗だ。真っ直ぐな鼻梁のちょっと上を向いた鼻と、ふっくらした頬と紅い唇、それらが丸い小顔の中に納まっている。顔だけ見れば幼子の面影がある。

 藤裳の背丈は五尺七寸。肩は小さく括れた腰の優雅な曲線の下に大きめの尻がある。背丈ある身体からは、幼子のような顔立ちは想像できない。

 藤五郎は藤裳をかわいいと思った。


 ふっと藤五郎は、藤裳が幼かった頃を思い出した。

 藤五郎は三歳の時、母の美代を流行病はやりやまいで亡くし、二十歳の時、父の藤吉を流行病で亡くした。

 藤五郎が母を亡くした三年後、藤五郎が六歳の時、藤代の伯母夫婦に藤裳が産まれたが、その三年後、藤五郎が九歳で、藤裳が三歳の時、伯母夫婦が流行病はやりやまいで他界し、藤裳は藤代の親元で育った。


 藤裳は俺より六歳下だが、幼いときから、俺より歳下だとか、己が子供だとか、そんな素振りを見せたことはなかった・・・。いつも俺に、大人びた物言いをして物事を教えようとし、いろいろ説教染みたことまで言ってた・・・。


 藤代の寝顔を見ながらそう思いだし、藤五郎は、はたと気づいた。

 子供心に藤裳は、互いに母を亡くした立場を理解して、母のように俺を見守ろうしていたのではなかろうか・・・。



「ああ、ゴロさん、ゴロさん、もっとぉ・・・」

 藤裳が目覚めて藤五郎に抱きついた。父親に甘える子供のようだ。


 長月(九月)八日、宵五ツ(午後八時)に祝言を挙げてひと月、二人だけの離れで、藤裳は藤五郎に甘えている。

 亀甲屋の御店や外で常に凛としている藤裳だ。何事もそつなくこなす姿は、幼子のような顔立ちと大人びた容姿が混在して美しく、離れの新居で藤五郎に甘える、こんな藤裳の姿はだれも想像できない。



「今日は、雨だ。寒くないか」

 藤五郎は目覚めた藤裳を抱きしめた。藤五郎の匂いが藤裳を包み、藤裳の匂いが藤五郎を包んだ。

「あったかいよ・・・」


「初めて俺が藤裳と話したのは、藤裳が三歳で俺が九歳の時だ。

 あの時、藤裳は、

『ゴロちゃん、あたしがついてるから、ひとりじゃないよ。父ちゃんといっしょに、しっかりおかせぎ』

 と言った。憶えてるか」


「うん、憶えてるよ。あたしは三歳の時、ふた親を亡くした。

 ゴロさんは三歳の時お母さん亡くしたと聞いた。

 だから、あたしがゴロさんのお母さんになってあげようと思った・・・。

 ゴロさんは、あたしのお父さんになるんだって・・・」

 そう言って藤裳は藤五郎の胸に顔を埋め、囁いた。

「そしたら、ゴロさんと夫婦になれた・・・。

 今度は、ほんとに、お父さんとお母さんになれる・・・。

 あたし、うれしいなあ・・・」



 やはり、藤裳は母のように俺を見守ろうとした・・・。

 そして、今度は、ほんとに、お父さんとお母さんになれる・・・。

 俺とふたりで、ふた親の役目を行おうとしている・・・。

 祝言を挙げてひと月、もしかして・・・。

「子ができたのか。それなら、うれしいぞ」

 藤五郎の胸に顔を埋めている藤裳に 藤五郎は優しく訊いた。藤五郎は笑顔だ。


「ううん、まだだよ。

 綾姉さんから、いつ子供ができるか聞いてるから、できそうな時はわかるよ。ここがね、こんなになるんだよ・・・」

 藤裳は藤五郎の胸から顔をあげ、藤五郎の目を見つめて手を藤裳の熱い柔肌に導いた。藤代の女房の綾は藤裳の育ての親だ。


「じゃあ、今がそうなのか」

 藤五郎は濡れた熱い柔肌を撫でた。

「いまは、ちがう・・・。

 もっともっと・・・、あつく・・・、ぬれる・・・。

 ああっ・・・。もっと・・・」

 藤裳は身をくねらせて藤五郎に抱きついた。

 藤五郎は優しく藤裳を抱きしめ、そして・・・。


 ふたりは半時ほど睦み合った。外は雨が強くなってきた。

「ゴロさん、だいすき・・・」

「俺も、藤裳が大好きだ・・・」

 藤五郎と藤裳は唇を重ね、互いを抱きしめてさすり愛おしんだ・・・。

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