十四 博打

 翌日、(藤五郎二十四歳の夏)、葉月(八月)四日。

 

 祖父の亀甲屋亀右衞門と伯父の庄右衛門は店と丁場で、今日の商いを奉公人に指示している。

 藤五郎は独り、店の座敷で大福帳の仕入と売りの帳尻を再び確認した。


 商いの品数は増えている。なのに儲けは僅かしか増えていない。

 奉公人も香具師も増えている。これでは皆の暮らしが先行きままならぬ・・・。抜け荷の禁制品を、町人や百姓が手に入れる商い品に、できぬものか・・・。いや、御上は贅沢を禁じている。御上の沿い精困難を理由に、簪のべっ甲や瑪瑙などにまでも、いちゃもんを着ける御時世だ。

 そう思う反面、藤五郎の心に湧く思いがあった。


 やはり、どうやって抜け荷をしていたか知りたい・・・。そのためには抜け荷の指示をしていた越前松平家下屋敷留守居役の松平善幸に会いたいものだが、さて、どうやって近づいたものか・・・。


 藤五郎は、昨日、祖父の亀右衞門が話した、

『藤堂様によれば、越前松平家下屋敷留守居役が抜け荷の主謀者との事だ。

 下屋敷留守居役は上屋敷留守居役の松平修善の倅、松平善幸じゃよ。

 名前とする事は大違いぞな・・・』

 を思い出した。

 これだっ。この手があったぞっ・・・。

 藤五郎は心の中で小躍りした。 


 下屋敷留守居役の松平善幸に会えば良いのだが、黒川屋はどうやって越前松平家下屋敷の留守居役と繋ぎを取っていたのだろう・・・。江戸市中で町人が武家と会っていれば目立つ・・・。目立たぬためには・・・。

 そうかっ。越前松平家下屋敷に行けば良いのだ。いずこの大名の下屋敷も、夜になれば賭場と化す。博打をする者であれば誰であろうと、下屋敷賭場に出入りできる・・・。

 とは言え、俺は博打を知らぬ・・・。賭場に入って如何したものか・・・


 香具師の元締めの藤五郎が博打を知らぬのは滑稽だが、知らぬのだから仕方ない。これまでの人生、商いと香具師たちの生活を考えて過したため、博打などと言う、真っ当な働きに基づかぬ稼ぎに、不快感と不信感を抱いていた藤五郎なのだ。

 だが、越前松平家下屋敷留守居役が抜け荷の主謀者となれば、越前松平家下屋敷で開かれる博打場に出入りして、抜け荷の話を聞き出さねばならない。

 くそっ、なんてこったっ。抜け荷も賭場の出入りも正道に反する・・・。抜け荷をするために越前松平家下屋敷の賭場に潜入するなどと知れば、父藤吉も草場の陰で嘆くだろう・・・。


 藤五郎は一人苦笑した。真っ当な働きに基づかぬ抜け荷と、これまた真っ当な働きに基づかぬ実入りを期待する博打。一旦悪の道に落ちたら次々に転げ落ちると言う事か・・・。

 抜け荷を始めたら、抜けられねえ・・・。あはははっ、こりゃあ、小咄になるぞ・・・。

 博打を教えてもらうしかねえな・・・。

 藤五郎は独り納得してニヤニヤした。藤五郎の手下とも言える配下は、 押上村で暮す本所界隈の香具師の元締の又芳。深川界隈の香具師の元締の末次郎、神田の香具師の元締の権太、馬喰町界隈を仕切る元締めの藤代だ。

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