十一 銭金への執着

 藤五郎が銭金ぜにかねに執着するようになったのは訳があった。


 藤五郎が母を亡くしたのは三歳の時だ。それ以来、祖母のトキ(母の母で、亀甲屋亀右衛門の女房)が藤五郎を育てた。

 トキは聡明な女で藤五郎の商才を見抜き、藤五郎が幼い時から遊びに商いを取り入れて藤五郎に商いを教えた。

 父の藤吉も藤五郎の商才に気づき、藤五郎が歩けるようになると小間物の商いに藤五郎を連れ歩くようになった。実地訓練である。

 父の商いの場は江戸市中、それも日本橋界隈の大店おおだなが多く、亀甲屋の近くだった。藤五郎は父の商いについていって父の商いを見続けた。


 父の藤吉には女がいた。日本橋呉服町の呉服問屋加賀屋に奉公している下女のサヨだ。幼い頃の藤五郎は、なぜ、父が他の大店より頻繁に呉服問屋加賀屋へ商いに行くのか理解できなかったが、ある日、父が長屋にサヨを連れてきてから、藤五郎は、父とサヨの関係が単なる香具師の辻売りと客との関係ではないと気づいた。

 それからまもなく長屋にサヨが娘をつれて住み着いた。娘は藤五郎より年下だった。 

 その後、父はサヨを後妻にしたが、父は連れの行く末を思って養女にしなかったため、藤五郎はこの娘を義妹と呼んだことはなかった。

 サヨが長屋に住み着いてからは、藤五郎は亀甲屋に寝泊まりした。母を亡くした藤五郎にとって、信頼していた父が他の女に心奪われたのは痛手だった。そして次第に、藤五郎は人の心より変わらぬ銭金に執着していった。



 伯父の庄右衛門の女房はお咲といった。お咲は、母を亡くした藤五郎を、祖母のトキとともに可愛がった。伯父の庄右衛門夫婦に子はいなかった。祖父の亀右衞門夫婦も伯父の庄右衛門夫婦も、藤五郎を伯父の庄右衛門の後継者に考えていた。


 藤五郎は亀甲屋の後継者など興味が無かった。興味あるのは銭金と、香具師の元締の後継者の藤五郎を慕ってくる香具師仲間や辻売りたちをどのようにして守ってゆくかだった。

 だが、藤五郎は香具師仲間や辻売りたちの行く末を、祖父の亀右衞門夫婦にも、伯父の庄右衛門夫婦にも話さなかった。


 亀甲屋の奉公人たちは藤五郎の父藤吉の立場を頼りにして香具師や辻売りたちの便宜を図っていたが、香具師や辻売りたちとの付き合いは商い上の付き合いだった。亀甲屋の奉公人たちのこうした思いを、藤五郎は薄々気づいていた。

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