十七話 代理人
「で、俺が呼ばれたと」話を聞いたロベルトは憂鬱そうな表情を浮かべている。ルドルフが見せてくれた、五公の集まりの参加者に列記されていたため、ロベルトは急に呼び出されたのだった。
さすがにロベルトをディーナの部屋に入れるわけにはいかないので、「五公の集まりに向けた所作の練習をする」という名目で昼食で使用したばかりの食堂を空けてもらっている。
「そう。私は集まりに加わることができませんから、貴方が代わりに質問して、私の意見を伝えてもらいたいの。貴方はパリョータからの貴重な客人ですから、説得力もあるでしょう」
「エリスもわかっていると思うけど、俺、そういう場で発言はほとんどしてこなかったんだぞ」「知っているわ、もちろん。でも他に頼める人がいないの」エリスはロベルトの困惑した様子などお構いなしに、強引に進めていく。
「聞くならまだしも、意見するのは誰かに言わされているって絶対わかるだろ。それに指摘されたら反論できない」「クニグリーク卿のおっしゃる通りだと思いますわ」ディーナも展開の早さに戸惑っているようだったが、エリスは強気な姿勢を崩さない。
「それでいいのよ。むしろ誰かに言わされていると勘づかれた時は、私が説明できる好機になるでしょう」「ええ、俺って道化みたいだな…」嫌そうな表情を崩さないロベルトに、エリスはすっと立ち上がる。椅子でやや縮こまった姿勢のロベルトを見下ろすと「ならば、パリョータに戻っていただくまでです」と言い放った。
「え?」「貴方の本来の仕事は私を監視し、パリョータに報告することでは?シルチで書いていた手紙も、クニグリーク家への報告書でしょう?」「あ、ああ…気が付いてたんだな」ロベルトはぎこちない表情を浮かべた。
「それなのに、最近の貴方は城の兵たちと共に鍛練に励み、ボルセス様に師事していると聞きます」「い、いやそれはエリスに目立った動きがないからで…」「ならば、もうここにいる意味はないのでは?パリョータに戻って、クニグリーク家の務めを果たすべきかと。何なら、ハナに私が手紙をしたためてもよろしいのですよ」エリスの容赦ない指摘の嵐にロベルトは苦しい表情になり、ディーナはそんな二人の表情を見比べては困った顔をしていた。
「ですが」とエリスは語気を和らげる。「もし私の願いを聞いてくださるなら、私も貴方の行動については関知いたしません」「…はは、取引ってことか?さすがだな。でもハナはクニグリーク側の人間だ。エリスの言葉を信じて、従うのか?」ロベルトの反論を受けても、エリスは余裕の表情だ。
「ええ、聞いてくださると思いますわ。私とハナは今では良い友人なの」自信満々といったエリスの態度に、弱みがあるロベルトは強く言えなかった。エリスが言うと、根拠がなくてもそれが正しいように感じてしまう。
「わかったよ…。でも俺はしょせん客人だ。せいぜい最初だけ紹介を兼ねて顔を出す程度になると思うぞ」「充分よ。…有難う、ロベルト」「まあ、俺としてもここで経験を重ねたいと思ってるから、取引は有難い話だよ。パリョータは当分平和だし、リグランタ家が編成した軍隊が残っているしな」「まあ···何だかノスモルにとって良いことが起こりそうですね」ディーナはくすくすと笑った。
「ええ、何かが変わればよいのですが。…では、まず必要なのは領主殿が統治しているフリグテの状況ですね。ルドルフにお願いしても不審に思われるでしょうから、ここはゼストに書類を借りて来てもらうように頼みましょう」なんだか楽しくなってきて、やはり自分はこういうことをするのが性に合っているのだとエリスは思うのだった。
「お嬢様、何だかご機嫌でいらっしゃいますね」「そうね…楽しい気分だわ」夜の支度に訪れていたイズは、エリスの様子を見て微笑んだ。
一見飄々とした態度だが、新しい環境に慣れるために日々気を張っていることを、イズはよく知っている。イズの立場は今までと変わらずエリスの侍女であるが、ノスモルに来てからは城の仕事を覚えるために今までのように付き切りでいることができていなかった。ゆっくり話ができるのは朝と夜の支度の時間くらいで、イズは少ない時間の中でもエリスの様子をしっかり観察するようにしている。
幼少の頃から感情をどこかにため込んでしまうエリスは、なかなか本心を明かさない性格だった。弱みを口にすればそれが自分に貼り付いてしまう気がする、と度々言っていたこともあり、イズはそれとなくため込んだ感情を吐き出させるようにしてきた。エリスの柔らかな髪を櫛で梳かしながら、イズは今日の出来事を聞く。
「…では、クニグリーク卿を介した形で、お嬢様のお話を聞いていただける機会ができたのですね」「ええ。うまくいくかわからないけれど」「大丈夫ですよ。きっと、わかってもらえますとも」「有難う。イズにそう言ってもらえると心強いわ」エリスは目を閉じて穏やかな表情を浮かべている。
髪を梳かした後は、香料の入ったお湯を布に染み込ませ、エリスの手足に当てる。温かい蒸気と香りに心も身体もほぐれていく。
「…そろそろベッドで休むわ」「はい、お休みなさいませ、お嬢様」イズはエリスに何も言われない限りは、ベッドの横の椅子に掛け、エリスが眠りにつくまで見守るようにしている。
灯りの消えた部屋で、やがて規則的な寝息が聞こえてきた。エリスの安らかな寝顔を見て安心したイズは、そっと部屋を出ていった。エリスが無事に一日を終えていくことが、イズにとって何よりもの幸せなのだ。
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