【番外編】高山愛里朱の前日譚「ここぞという使い時」①
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「愛里朱。話がある」
──8年前。
とある芸能事務所で、眼鏡をかけた七三分けの新人マネージャーが言った。
「んー? なにー、
ソファに横になってゲームをしている金髪ハーフの女子小学生。
当時12歳だったアイリス・アリス・タカヤマ・アイリッシュ──日本名・
「先月、エキストラの出演を多めにとれたから、そこそこな金額が口座に振り込まれていたろう?」
「うんっ! 営業がんばったわたしのお陰で、エキストラだけで15日稼働! CM出演が1回っ! お
「営業を頑張ったのは私だぞ……? ……まあ、君も愛想よくしてくれていたが」
如水マネージャーが眼鏡を押し上げながら言った。
「君の生活費やレッスン代はご両親からの仕送りで賄われているから、君の場合はその10万円を自由に使えるわけだ」
「うんっ! 無駄使いしないようにねっ、て! パパとママにも言われたーっ!」
「で、その10万円はどこに消えた?」
如水二郎が高山愛里朱を見据えた。
高山愛里朱も彼を見返した。
曇りなき
高山愛里朱が、ゆっくりと口を開いた。
「……………………………………へへ……」
「座りなさい」
ゲームを机に置いて、幼い高山愛里朱はソファにきちんと座らせられた。
向かいに腰掛けた如水二郎マネージャーが、腕組みをしながら言う。
「……口座には無いようだが? 何か買ったのか?」
「ウン、チョットネ……」
高山愛里朱は表情を消して目を逸らしている。
「急にカタコトになるんじゃない。こういう時だけ外国人づらをするな。バイリンガルだろうが、君は」
「……『アイドルキングダム♡ピカキュート』ト『昆虫王子ムシプリンス』ガ、今月、チョット熱クテネ……」
「また児童向けのアーケードゲームに使ったのか!? 何度目だこれで……!?」
如水二郎は額をおさえて大きくため息をついた。
「既にバインダーいっぱいのカードを持っているだろう……! いい加減に分別を覚えてくれ、子どもじゃあるまいし……」
「子どもナンデスケドー! 愛里朱、マダ12才ノ子どもナンデスケドー!」
「で、いくら使ったんだ?」
「……9万7500円」
「大人な金額だソレはっ!!」
如水二郎が愕然として叫んだ。
「しかもほとんど全額じゃないか!」
「違うんだよ如水くん……。ほら、やっぱりさ、日頃から勝利を重ねておくことは、ビジネスでの勝ち癖をつけるためにも大切じゃん……?」
「……その
「あと良いモノを使って最上級のプレーを経験しておくことも大事でしょう……? たとえばPPR衣装『ラブパニックバニー・サイリウムセット』……『ブラックスワンレディ・NoZoMi♡CUTEセット』……『アクティオンゾウカブト』……
「いや待て言い訳のボキャブラリの出どころはお父上だな? 途中からゴルフ用品になっていたぞ。ご家庭に告げ口したほうが良い案件か……?」
如水二郎は再び大きく嘆息をすると、高山愛理朱を見つめて言った。
「まあ、済んでしまったことはいい。……だが、いいかい、愛里朱。君はいつか絶対にブレイクする。その時に金銭感覚が崩れてしまっていたら必ず失敗をするぞ。いまから浪費を自省する癖をしっかりつけておきたまえ。いいな?」
「はぁい……。ごめんなさい、如水くーん……」
▼
──それから1年後。
「アイリス。話がある」
芸能事務所で如水二郎マネージャーがPCに向かいながら言った。
「はーい! なになにー、
ソファに横になってアイドル雑誌を読んでいた女子中学生。
13歳になり、肩書きも名義も変わった人気声優、アイリス・アイリッシュが返事をした。
「前クールの覇権アニメ、『魔導少女戦記ガロファノ』で君は一躍人気声優になった。子役時代と比べて、毎月の報酬も爆発的に増えただろう?」
「うん! アイリスが天才なばっかりに、毎月宝くじ当選状態だよーっ! 先月のお給料もねぇ、3桁万円余裕で越えてたっ! いえいいえーいっ!」
「はは、君が天才なことは否定できなくなってしまったな。元よりそのつもりでスカウトしたわけだがな」
「えへへ、ちゃーんと褒めてくれる如水くん、大好きっ!」
「で、その3桁万円はどこに消えた?」
如水二郎がアイリスを見据えた。
アイリスも彼を見返した。
曇りなき
アイリスが、ゆっくりと口を開いた。
「……………………………………フハ……」
「座りなさい」
雑誌を机に置いて、中学生アイリスはソファにきちんと座らせられた。
小学生時代に腰まで届いていた
金髪の美少女は、ぎこちない笑顔で目を逸らしている。
「……口座には無いようだが?」
向かいに腰掛けた如水二郎マネージャーが、アイリスを睨みながら言う。
「何か買ったのか?」
「アハハ。イマ、アイリスのセカイ、トッテモきらきらシテルヨー。如水クン、大好キー」
「カタコトになるんじゃない。あとその言い回しも止しなさい。それはアイリスのヒットが決まった時に私にかけてくれた言葉だろう。私の思い出を汚すな。すごく感動したんだから」
「……へへ……。推しのアイドルが最近、配信アプリを始めましてね……。健気に頑張る姿が尊すぎて、つい投げ銭を少々…………」
「その推しはいくつなんだ?」
「
「……いくら貢いだ?」
「ざっと400万円ほど……」
「その子の年俸を払うつもりか……!?」
如水二郎が両手で頭を抱えて大声で呻いた。
「養えてしまう金額だぞ……ッ!? 13歳が? 20歳を!?」
「ハンドルネームを認知してくれるのが……痺れましてね……へへ……」
「いかん……ありとあらゆる角度から不健全だ……ご両親になんと言えばいいんだ私は……?」
「──っ……! お、お願いだからママには言わないで……っ! わたし……、わたし……っ、パパみたいな目にはあいたくない……っ……!」
「浪費がバレているじゃないかお父上……。いったいどうなったんだ……」
浪費で培った勝ち癖理論はどこにいったのだ。
負けているじゃないか、お父上よ……。
「……いいかい、アイリス。君はここから数年、周りの大人が一年かけて稼ぐ金額を、一、二カ月で稼いでいくようになるだろう。君はまだ若いんだ。稼いだ金を片端から使ってはいけない。しっかりと貯蓄をし、ここぞという時に備えるんだ。いいかい?」
「はぁい……。わかりましたぁ、如水くーん……」
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──それから3年後。
「ねえ、如水くん。ちょっと話があるんだけど」
夜の芸能事務所。
高校生になったアイリス・アイリッシュが両手を後ろで握りながら言った。
すっかり大人気声優としての地位も確立させ、定期的なイベントで会場を満員に埋めるほどだった。
「……なんだ、アイリス」
PCでの作業を止めないまま、如水二郎マネージャーはアイリスを見もせずに返事をした。
彼は、もとから痩せ型だった。それがここ数年、会社の経営が傾いてから一気に痩けたように見える。
「如水くんさ、会社が大変になる前は、けっこう一緒に遊びに行ったりもしてくれたでしょ? けどさ、最近あんまり行けてないじゃん?」
アイリス・アイリッシュは立ったまま如水マネージャーを眺めながら言った。
「でさ、この前さ、お互いにスケジュール調整して一緒にドライブで海鮮丼でも食べにいこうよーってなってたじゃん」
「……ああ」
「その予定さ、気がついたらもう来週なんだよねー。如水くん予定どう? ちゃんと空きそう?」
「……………………ふう……」
如水二郎氏は眼鏡を下ろすと、疲れた目を指で揉んだ。
そして再び眼鏡を押し上げて、PCでの作業に戻る。
「すまないな。仕事が入ってしまったんだ。悪いが君一人で行ってくれ」
「…………そっかぁ……」
高校生のアイリス・アイリッシュは一人で、ぽすん、とソファに座った。
中学生までセミロングだった髪は、肩上で切り揃えられている。
少しだけ寂しそうな笑顔を浮かべながら、金髪の少女は言った。
「うん、わかった。如水くんお仕事たくさんだろうけど無理しないでね。……またこんど、時間ができたら遊んでよ」
(つづく)
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今回もお読みいただきありがとうございます。
新編の準備中につき、短いオマケ編の更新で失礼します……!
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