第25話 紅茶のおかわりが冷める前に
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「──っ!? なんだって……!? いったい誰が……」
俺は愕然として身を乗り出す。
「
「……無事なのか?」
「はい。入院しておりますが、なんとか」
原因は、栄養失調だそうだ。
兵吾たちのサポートが無いなか、自助努力でキングス本社に復帰しようと、無茶な配信スケジュールを繰り返していたらしい。
挙句の果てに、兵吾たちは移籍してきたVTuber達からも「サポート手数料」の名目で、広告収益やスーパーチャットの上前を
雨森アミィはデビューしたての九期生。
登録者はまだ少なく、配信一本で食べていくには遠いライバーだった。
無理な配信と、無茶なアルバイトの両立。
食事と休息が足りず、力尽きたというわけだ。
「許せないのは……
──なぁ、この前さぁ、あの緑のVTuber倒れたじゃん?
──オレさぁ、クソ笑っちまったよ! だってバカじゃね? 大したファンもいねーくせにアイドル
──結局、ガリガリになってぶっ倒れてやがんのなっ! ぶははははっ!!
──いつまでも夢見てねぇで、さっさと働けってんだよなぁ!?
──あー、ざまぁねえなマジで!
「……なるほどね」
俺は呟いた。胸に黒い感情が迫り上がってくる。
許せないな。
夢に燃える若者たちの貴重な歳月をドブに捨てる不誠実さも。
支えるべき才能の疾病を愚かと嘲笑う腐った性根も。
この業界にあって「夢」を
「……っ。佐々木マネージャー……?」
チサトの話では兵吾達は、今でも日々タレント達を用途不明に採用し続けているようだ。
おそらく彼ら彼女らの末路も同じ。
飼い殺されて朽ちていくだけだろう。
だとすれば、俺は、兵吾を──
「お待たせ致しました。ダージリンのおかわりでございます」
かちゃり、と。
老舗の喫茶店のマスターが、湯気の立つカップを俺の前に置いた。
その音で俺は我に帰る。
「あ、ありがとうございます」
はっとして俺は顔を上げる。
「ごめん、チサト。ちょっと考え込んじゃってたよ。……あれ、どうかした?」
「い、いえ……」
獅紀チサトが、目を丸くして、びくりと肩を振るわせる。
「少し、怖い顔をなさっていたので……」
なんてことだ。
可愛いとか美しいとか言われるなら最高、イマイチとかキモいとかも今後のコスプレの糧になるのでいいが、怖いはさすがにヤバい。
お嬢様たるもの、醜い感情を表に出すべきではございませんわね!
「あら、ごめんあそばせっ! わたくしとしたことがエレガントさに欠けておりましたわ〜〜! おほほほほほ〜〜っ!」
「──うわっ」
「チサト!?」
うわって言われた!
「あ、申し訳ありません。久しぶりで面食らっただけですので、お気になさらず……」
「チサトさん!?」
面食らったって言われた!
「……
姿勢を正したまま俺を不安げに見つめてくる獅紀チサトに、俺は安心させるように頷いた。
「うん。ありがとう。だいたい分かったよ」
そう。状況の把握はできた。
次は解決策の話だ。
「確認だけどさ、兵吾の事務所のライバーやモデルさんで売れている人って、一人でもいるのかな?」
「いないと思います。いるのならば、自慢好きな彼らのことです、何らかの発信があるはずですから」
「なるほどね。うーん……」
俺は唸る。
「なんというか……状況がひどすぎて……正直、事業が長続きすると思えないなぁ? 運営側の努力がないのなら成果が出るはずがないし、成果が出ないのなら投資家だって兵吾を見限るはずだ」
投資家は、当然だが、利益が欲しくて事業にお金を入れるのだ。
儲けが見込めないならば、投資家が
「兵吾たちの主要投資家である
俺の見解を聞いて、チサトがぐっと唇を噛んだ。
そして、思いもよらない事を呟く。
「……いえ。利益は出ているのです」
「は?」
目を丸くした俺に、獅紀チサトはゆっくりと口を開いた。
「……どういう
「おいおい……」
俺は思わず、苦笑いをする。
──ちょっと待ってくれよ。そんな魔法みたいなことがあるのか?
何の事業も行なっておらず、主要事業で一人たりともタレントを成功に導けていない兵吾の企業が、虚空から金を沸かせて投資家たちを満足させているなんて。
昼下がりの喫茶店で、目に見えない闇が深まるのを俺は感じた。
──さて、わたくしは紅茶のおかわりが冷める前に、この謎を解けるのかしら。
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