Roaring 11. 〈ポーギー&ベス〉


「現実から切り離された亜空間や結界の類じゃない。実際にある通りに、人払いのまじないをかけているんだ……なら、この先に本体がいるはず!」


 アメリアの予想通り、無限に続くと思われた通りはやがて途切れ、二人は空き地のような開けた場所に出た。同じように催眠をかけられたらしい人影が集まっている。大半がアメリアと同い年ぐらいの子どもたちだった。

 空き地の中心には巡回劇団ヴォードビルのような一台の幌馬車が停まっていて、ピエロのような仮装をした二人組の黒人カップルが、その場の全員に向けて手を振っていた。


「やあ、みんな! 今回はわざわざこのナマズ横丁キャットフィッシュ・ロウに集まってくれてありがとう! さあ、心ゆくまで楽しんで……と、その前に」


 金ぴかに反射するサックスを首にぶら下げた黒人の男はサングラスを上げて、こちらに杖を向ける不遜な獣人の子どもに目をやり、ふっと口もとを歪めた。


「お嬢さん、魔法学校で習わなかったのかな? 人に杖を向けてはいけませんって」

「そっくりそのままお返しします! 魔法で子どもたちを誘拐しちゃいけませんって、学校で習わなかったんですか?」

「生憎、学校は出ていなくてなあ」


 男は足が不自由らしく、傍らの女に手助けされながら足を引きずるように歩いて、よっこいせと木箱の上に腰を下ろした。

 アメリアは杖を構えたまま、いつでも麻痺魔法を放てるように身構えつつ続けた。


「みんなの洗脳を解きなさい! そして、魔法裁判所の裁きを受けるんです!」

「へぇ、法律かい? それって、おいらたちが守る義理があんのかい? おいらたちは南部の出だけど、そいつに守ってもらったことなかったなあ」

「そんなことより、楽しくいこうよ、獣人のお嬢さん。あたいはベス。こいつがポーギーってんだ。〈ポーギー&ベス〉……二人で一組の、愉快な魔法使いさ」


 ベスというらしい女は言って、バレエのように手を広げてくるくると回った。



「――麻痺しなさいスタンビム!」



 直後、ベスの足下で閃光が弾けた。


「ちょっと、なにすんだい!」

「次は当てますよ! バミューダ大監獄に入りたいんですか?」

「やれやれ。まったく、嫌な言葉だ」


 杖の切っ先を構え直してすごむアメリアに、ポーギーは肩を竦めた。


「お嬢さん、巻き込んでしまったのはすまないが、どうやら少し誤解があるようだ。おいらたちは確かに誘拐犯には違いないが……〈あしながおじさんダディ・ロング・レッグス〉に命じられて動いている、善いタイプの誘拐犯なんだが」

「誰ですか、それ! そんなのいるわけないでしょう!」

「彼の名を知らないということは……さては、よそ者か。いるんだな、これが。……まあ、そんなことはどうでもいいさ。愛してるぜアイ・ラブ・ユー、ベス」

「あたいもさ、ポーギー」

「ベス、お前はおいらのものだ」


 二人はアメリアを無視し、臆面もなくチュッチュやりだした。ラブラブな二人から顔を真っ赤にして目を背け、アメリアは地団駄を踏んだ。


「なんで今、この状況で! あなたたち、なんなんですか、もう!」

「言っただろう、善き誘拐犯〈ポーギー&ベス〉だってな。ニューヨーク・シンジケートだとか、まともな裏社会連中に問い合わせてみろ。なんなら、おいらの〈ハーメルンの笛〉を取り上げてくれてもいい」

「裏社会のどこがまともなんですか!」


 視線すら向けずにそのようにのたまう男に、攻撃する気も失せたアメリアは途方に暮れつつ、これはもう自分の手には負えないと、師匠を召喚することにした。

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