【ep.03】マリア様の幸せ
マリア様の婚約のお話を聞いても、すぐに理解できなかった。正確には理解したくなかった。
だってマリア様は1ヶ月後の誕生日にこの家を出て行くのだ。
家同士が決めた婚約は身分の高い方々では常識で、だけど平民であった私には遠い世界。
それでもマリア様が幸せであるのなら、私は笑顔で見送りたいです。
どれ位の時間が経ったのか、部屋の中は朝日で眩しくなって、次々とメイドさんたちがやってきました。
下を向いている暇などないのです。メイドの仕事は毎日やってくるのですから。
いつもの様に洗濯や掃除をしていけばお昼になって、それでも回り切れない位このお城は広い。
掃除をしながらぼんやりと廊下を歩いていたら、自分がどこにいるのかも分からなくなってしまいました。
「……マリア――」
「……ですわ――」
慌てて自分のいる位置を確認していると、廊下の少し先にマリア様の姿が見えた。その隣にいる殿方を見て私は思わず廊下の角に隠れる。
このお城では見た事がない方で、マリア様がお召しになっているドレスがいつもより豪華だと理解すれば、隣にいる理由が解ってしまった。
あれがマリア様の婚約相手。
金髪碧眼の王子様。一言で表すのならそんな素敵な方だと伺えて、私はほうきを強く抱きしめながらその場を去ろうと視線を床に落とす。
「マリア……なぜ僕の言う事が聞けない!?」
「きゃっ!!」
2人の大きな声が聞こえて、反射で見てしまった光景に思わず駆けつけたくたくなる思いを堪えて、私は廊下の角に隠れ続ける。
マリア様は婚約相手に叩かれた頬を覆いながら少しだけ強い視線を送っている。
その視線を睨む様に見つめ返す方がマリア様の婚約相手だなんて信じたくありません。
「……いつになったら僕の言う事を分かってくれるんだ?」
「……あなたの気持ちは、わたくしには大きすぎるのです……」
「……そんな事はないといつか分からせてやろう。今日はこれで帰る、マリア……僕は心から君を愛しているよ」
「……お外までご案内しますわ」
お二人はそのまま真っ直ぐ進んで行って、足音が聞こえなくなるまで私は息を止めていた。大きく深呼吸した後、大きなため息を吐く。
これはお二人の問題で私が考える事ではありません。
そう解っています。なのに、どうして胸が苦しいのですか?
私はただ、マリア様が幸せな人生を歩んでほしいだけなのに。どうすれば、マリア様は幸せになれるのですか?
ねえ神様、教えてください。
*
それから1ヶ月、私はメイドの仕事をこなしながら、マリア様の幸せを考え続けました。
答えはまだ出ていません。でもどうするかは決めました。
今日はマリア様の18歳のお誕生日です。
婚約相手がお迎えに来る時間や今日の流れは事前に共有されています。
お城中がマリア様の結婚を祝福している中、私はお城の前に立っています。
聞かされていた時間丁度に婚約相手がやって来て、私の姿を見て疑問に思ったのか近付いてきました。
「ルイ・アルデンヌ様、お待ちしておりました。よろしければ、一曲踊っていただけないでしょうか?」
「……貴様、何を考えている?」
会釈をした後、私は杖を構えて婚約相手のルイ様を見つめた。しっかりと、強気な態度で。
「申し訳ありませんが、私はあなたがマリア様を幸せしていただけるか確認をしたいのです」
「……ただのメイドではないな……何者だ?」
「申し遅れました。私は魔女のエマと申します。安心なさってください、すぐに決着はつきますので」
「……意地でもそこを退かないつもりか……いいだろう、一瞬で終わらせてマリアの元へ行く」
一瞬で辺りの空気が変わった。周りで様子を伺っていた人々も私たちの本気の勝負に手を出す勇気などないでしょう。
だってお互いにマリア様の幸せを望んでいます。でもその幸せの形が違う事に私たちは気付いています。
ルイ様は私の実力を知りません。だから様子を伺っているのでしょうし、実際ルイ様の剣術は誰もが認める位の一流だとのお話も存しております。
だけど、私は魔女です。
ねえルイ様、あなたではマリア様を幸せにはできません。
その私の心の声が聞こえたのか、ルイ様は私に向かって駆けて来る。
早いと思った次の瞬間には目の前にいて、私はよく見て振り下ろされる剣を避けて後退する。
「やはり、お強いですね」
「……今のを避けたな」
「ルイ様、あなたはマリア様を幸せにできますか?」
ピクリ、とルイ様の眉間に皺が寄ったのを確認した私は、ルイ様が走って来るのを予想して瞬時に後退する。
ルイ様の機嫌が悪くなって行くのを感じながら、私は冷や汗が垂れるのを必死で隠し続ける。
私たちの戦いの様子を見る人々が増えてきて、私はどこまで隠し続けられるのか不安です。
私は魔法が使えません。
避ける事は得意ですが、攻撃はルイ様には勝てない。
「エマ!? ルイ!? やめてください!!」
騒ぎになっているのがマリア様の耳にまで入った様で、マリア様は純白のドレスをお召しになったまま私たちの戦いを止めようと離れた位置から大声で叫んでいます。
マリア様の姿を見て私は笑みを浮かべる。
「……少し手加減をしていたのだが、その必要もないらしい」
「……ふふっ、ようやく本気になって下さいましたか?」
「その減らず口、今すぐきけない様にしてやる!!」
ルイ様が本気で駆けて来る。本気なのもあって少し見え辛い。だけどここで逃すつもりは私にもありません。
ルイ様が振るう剣をしっかりと見て、私は勢いよく駆けた――
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