第15話 余談


 -----<その後:オルティス王子の場合>-----


 大聖堂の騒動から三日後。

 王宮に滞在してもらっていたオルティス王子ご一行様と面会している。


「オルティス王子も災難でしたね」


「ははは。どうやら俺はジェラルド殿に謀られたようです」


 政治情勢が変わり、まだ誰とも婚約していない今のうち、もう一度求婚してみてはどうか――とジェラルドに誘われたんだそうだ。

 しょぼんと俯き加減の王子には、王朝の交代劇の証人として、国に戻って王に伝えてもらう役目がある。


「オルティス殿下はジェラルド王子の当て馬役にされたのではないでしょうか。甚だ遺憾ではありますが」


 側近の一人が慰めにもならない事を言うと、ついに項垂れた。


「他国まで女王陛下のお見舞いに突撃してしまうなど、オルティス殿下は無駄……げふん、前向きな行動力がありますので、今回も勢いに任せてしまったのです。止められなかった我ら側近の落ち度です」


 申し訳ございません――と、王子の代わりに深々と頭を下げてきた。

 もうそれはいいんだよ。こっちの元王族のやらかしと相殺し、水に流すことにしたから。

 国王への親書を渡し、リズボーン騎士団の一隊に護衛をさせて帰って頂いた。


 ――二年後、サーシャ様と婚約し、再びアルステッド王国へ戻ってきたが。






 -----<その後:オリビア=コールマンの場合>-----


 即位してから間もなく、オリビア様を召喚した。

 わたしの秘書官になってもらいたくて手紙を書いたら、二つ返事で飛んできたの。

 あれ? 結婚間近の婚約者は?


「わたくしがマリアージェ様の秘書官になると伝えた所、『婚約破棄する』と言われてしまいましたの。

 そこそこの家格の伯爵夫人になるより、女王陛下の秘書官の方に軍配が上がりますわ。

 両親も応援してくれますし、せっかくお骨折り頂いた縁談ではありますけれど、することになりそうですわ」


「まぁ、コールマン侯爵が承知しているなら問題ないですわね。

 わたくしもねぇ、オリビア様のあの縁談、ちょっと不足ではないかと案じていましたのよ」


 才媛の侯爵家令嬢に対して、中の中、可もなく不可もない、中立派から母が選んだ伯爵家嫡男との縁談だったけど、その令息がまた微妙でねぇ。


「政権が変わったのだから、あちこちで縁組の見直しがされるでしょう?

 きっとまた別の良い縁が見つかると思いますわ」


「いいえ、わたくし独身のまま、仕事に生きようと決意しましたの!」


 ――五年後、宰相補佐官として頭角を現した若き子爵とオリビア様は結婚した。

 結婚後も仕事を続けている、バリバリのキャリアウーマンだ。


 ちなみに、オリビア様と婚約した例の伯爵家嫡男は、未だに独身である。






 -----<その後:セシルの場合>-----


 即位後、超多忙だったわたしが、ようやくセシルと面会出来たのは、イリヤ氏と婚約したという報告を受けてからだ。

 この縁組は予想していなかった。びっくりだ。


 どうやらイリヤ氏が、セシルの書いた小説のファンになったのが切っ掛けらしい。『異世界』が琴線に触れたとかなんとか。

 ただ、イリヤ氏はミカエラ公爵の年の離れた弟なのだ。つまり、あれでも公爵家令息なのよ。

 貴族は貴族としか婚姻が認められてない。この法律も後々変えていきたい所だ。


「貴族籍から抜けて平民になると言ったら、今はまだ無理だと言われてしまってねぇ。ザビエルやサーシャの婚約者がなかなか決まらないし、仕方がない」


 ミカエラ公爵にはザビエルという嫡男がいるんだけど、婚約は一度白紙に戻されて、現在お嫁さん募集中。

 サーシャ様は例の通り、健康は取り戻しても、元婚約者のやらかしのあおりを受けた形だ。 

 そんな事情で後継に不安が残るから、イリヤ氏を野に放てないんだって。


「だからジルベール閣下に相談したら、セシルをキンバリー侯爵家の養女に迎えて下さることになってね、無事婚約出来たんだよ」


 キンバリー侯爵は、セシルのあの女優ぶりを気に入ったらしい。

 『隠密』のハニートラップ工作員にスカウトしたかったそうだ。たぶんそれ、本人は嫌がるでしょう。


「イリヤ氏とは一回り以上年が離れているけれど、宜しかったの?」


 気があっても年が結構離れてるからなぁ。

 あ、前世の生きた年数プラスってのは、あまり関係なさそう。

 だってそうなら、わたしって五十歳位の精神年齢になる訳よ。全然落ち着いた大人って気がしないわよ?


「あんまり気にならないの……あ、いえ、気になりませんわ。それに小説家活動を続けていいと言ってくれますの。

 イリヤ様が魔導具作りをしている間、わたくしは執筆活動をするのです。ウィンウィンですわ!」


 まあそうね、イリヤ氏って永遠の少年って感じがするものね。

 好奇心に目をキラキラさせるのよ。


「そうそう、今度ぜひマリアージェ様をモデルに小説を書かせて頂きたいのです。

 残念ながら”禁断の愛”ではありませんでしたが、義理の兄と愛を育み、ついにはゴールイン! しかも女王へと即位! ロマンスと政略、萌えますわ~」


「え、ちょっとそれは……」


 わたしが待ったを掛けようとしたら、ジルが許可を出してしまった。


「どうせなら華麗に美しく、レネが女王へと至る物語を書いて欲しい。協力は惜しまない」


 新王即位の時など、美化された自叙伝など出版され、ロマンスが絡むと演劇にもなる。

 確かに今回はネタが尽きないしなー。わたしはこっぱずかしいんだが。


 セシルは書きたいと言ってきたのに、実は既に粗方書き終わっていたそうで、ジルの監修が入っても数日後には完成していた。


 ――原稿を読んで悶えた。

 耽美な表現もあって、もうっ、恥ずか死ぬ!

 

 しかし、わたしの気持ちとは裏腹に、小説はベストセラー入り。小説を元に演劇も公演され大人気。

 この影響で、セシルの処女作が見直され売れた。世間にちょっとした『異世界転生ブーム』が起きるのは翌年。


 ちなみに、セシルの母親のリナさんは同居していて、小説家セシルのマネージャーと化しているらしい。

 幸せならいいんだ。うん。





 -----<卒業パーティ後:レオナルドの闇>-----


「右手を潰せ」


 ぎゃあと聞き苦しい悲鳴が上がる。

 レネを傷つけるような愚物には、それ相応の罰が必要だ。


「他人の話を理解しない。我が国の歴史も覚えていない。それでよくぞ自分は誰よりも優秀だと嘯けたものだ。

 口を開けば身にもならない自慢話ばかりか、偽りを話し、他者を攻撃するならばその舌は要らぬだろう。切れ」


「やめ……あああああ!!!」


 鮮血が体を汚しているが、窒息死させる訳にはいかぬ。

 執行官は慣れているので、迅速に処置していく。


「宰相もこれほど愚かな息子を持ってさぞ悩ましいだろう。

 だが、ろくな躾も再教育も施さず、終いには除籍し、自身も責任を取って辞任して同情を買おうなどと浅慮だと思わないか?

 再教育とは出来るまで、分からせるまでやるべきだ。それを怠っておいて、諫言をしたレネを責めるとは何様なのか。

 安心しろ。貴様の父も兄も、もう二度と日の目は見ない。バカディ公爵家は降格して伯爵となるが、おそらく更に落ちていくだろう」


 震えているが、出血のせいか痛みのせいか。

 既に断種処置をされ、魔力封じの枷も首に嵌めている。

 後は――


「話は終わった。耳を削げ」


 絶望を浮かべた目だけはそのままにしておいてやろう。

 この後、シューサイは鉱山の採掘場の疫夫として送られる。

 まず持って半年だろうか。


「レオナルド様、アフォネン伯爵の子息の方はいかがいたしますか」


「ああ、あれは顔を焼いておけ。それが一番堪える筈だ」


「かしこまりました」



 リズボーン家の暗部は、決してレネに見せない部分だ。

 今回は個人的に罰したかったので、牢獄に収監された奴らを私刑にする為、執行官を買収しておいた。

 元々キンバリー家の隠密も混じっているので問題ない。


 レネは優しい性根で、時に判断が甘い。

 だが、その不足分はわたしが補っていけば良いだけだ。


 過ちに気づくまで放置する、という教育方法もあるだろうが、水面下でフォローし、何が間違っていたか分かるか? と訊ねればレネは正解を導き出すのだ。

 それで十分だろう?

 ただひたすら厳しく教育を施そうという義母は、正直持て余す。

 厳しすぎるのではないか――と義父が注意すると、レネの教育が更に厳しくなるという頑なさがあるのだ。

 幼い頃はレネが自分でわざと癇癪を起し、熱を出して寝込むという体を張った反発をしていた。

 あまりやって欲しくはない。


 成長して、もうそういう事はなくなった。

 わたしとの関係は進展していない。

 もしかしたら……いや、まさか……わたしが実の兄だと思っている……のか?

 折に触れて、将来は結婚すると匂わせてはいたが……失敗したかもしれない。


 聡明なはずの義妹は、時々とんでもなく鈍感力を発揮する。

 今回の後始末が付いたら、愛しているのだとはっきり言葉にして伝えよう。


 ……受け入れてくれるかは……分からないが。



 ――レネが産まれる前のわたしの世界は灰色だった。


 何かを教えられてもすぐに覚えたし出来たので、世界がつまらなかった。

 赤ん坊のレネと対面した時は、まだその存在は小さかったが、そう時間が経たない内に「面白い」と感じた。

 通常の赤ん坊なら、ろくに意思の疎通が出来ないはずなのに、レネはこちらの問いかけに意思を持って反応している、そう思えた。


 愛らしく成長していくレネを観察していく内に、ずっと傍で見守りたいとある種の感情が育っていた。それが”恋情”とも言える想いだと気づいたのはいつだったか。


 レネを手に入れるためにはどうするか。

 攻略対象は義母よりも義父だ。

 低俗な王家を引きずり下ろし、リズボーン家を王家に据える。

 レネを女王とし、王配の位置に自分が座る、それが理想的だと子供の拙い計画を義父に話した。

 思いの外、前のめりに賛同してくれたことから、義父は元々そのつもりがあったのだと察した。


「ジルを玉座に就かせるか、政権交代させレネを女王に就けるか。

 悩んでいたが、おまえがそのつもりならば是非もない」


 その時から義父と共闘体制に入った。


 レネが女王になるまであと少し。






 -----<おまけ:ライアー男爵領の出来事>-----



 ――ある村の出来事。


「いやぁ、いい実験場を提供してもらえてよかったよぉ」


「男爵は領主を降ろされる予定でしてね。この辺りも廃村になるかもしれないほど荒れ果てているので、少しでもお金に変えられるならと、村長に快諾頂けました」


「住民の避難は完了しているんだね?」


「ええ。村民は他の土地に移住するので心配には及びません」


「ならいいんだ。今回は太っ腹なスポンサーがついたから、気兼ねなく実験できるよ」


 魔導師団技術研究所の研究員が、大きな魔導具を設置し、遠ざかり遠隔で起動させた。


 ――ゴゴゴゴゴゴゴっ


「うおぉっ、これはすごい!!」


「すごい揺れですね! これ、何の実験でしたっけ?」


「地震観測だよ! 地殻変動を計測するための道具なんだが……おやおや、ちょっと揺れ幅が大きすぎたようだなぁ」


「……そうですね、地割れしてますね。建物も壊れたようですし、解体作業が楽になりそうです。ははは」




 ――別のある村の出来事。


「こちらは何の実験でしたか」


「気象観測だよ! いやぁ、それにしてもすごい土砂降りだ!」


「降雨装置ではなかったんですね」


「そのはずなんだけどなぁ。おやおや? 増水して川が氾濫して来たなぁ」


「あー、家屋も流されてますね。洪水の後は肥沃になるとか聞きますが、これはどうでしょうね」


「んー、なる様にしかならん。とにかく実験は失敗だよ。ははは」




 ――また別のある村の出来事。


「魔導具を改良されたんですよね?」


「上空の気象観測と、地殻変動観測を一緒に出来ないかと思ってね。ははは、無理だったか」


「豪雨と土石流で壊滅状態ですね。これ、兵器に出来るんじゃあ……」


「いやいやしないよ。あくまでも気象と地震観測用だよ。スポンサーは軍事転用を禁止しているからな」


「ああ、我が主の大切な方が兵器転用を嫌がりますからねぇ」


「実際使うなら、もっと出力を下げればだいじょ……おっと、独り言独り言」


「まぁ、とにかくこれで依頼完了です。それにしても懸念事項は前もって摘み取ってしまわれる。その優しさが伝わればもっと仲が深まると思うんですけどねぇ。おっと、独り言ですよ」


「はは、意外と不器用なんだな。シオンさん、あんたも難儀な主を持って大変だな」


「とんでもない。実に尽くしがいのある方です。そして傍らには『リズボーン家の至宝』が輝いているのですから」


「ああ、イリヤが惚れ込んで、リズボーン家の専属になるくらいだしな」


「また面白いものを作ってるようですよ」


「いいなぁ。俺にも”女神の啓示”が欲しいよ」





 ――避難民と義勇団の会話。


「支度金をこんなに貰っていいんでしょうか」


「太っ腹なスポンサーがついたので大丈夫だ! でも、皆あちこちバラバラに移住することになってすまんな」


「いえいえ、助けて頂いた上に、住む場所も仕事も提供してもらえて本当に感謝してるんですよ。しかし、そのスポンサー様はどこのお大尽ですかね」


「匿名希望だそうだ。奥ゆかしい方なんだろう。俺たちも正体を知らないんだ。その方が安全だって言うからさ」


「はぁ、この世に神様のような方がいるんですねぇ。もうここでいつ殺されるか怯えながら生きなくてもよくなるなんて! 本当にありがとう!! でも、あんたたちは大丈夫なのかい?」


「ああ、強力な助っ人が入ったから大丈夫だ! でもなぁ、奴隷として売られちまった連中の居所はなかなか掴めなくてな。それが心残りだよ」




 ――政権交代後の女王が指示し、他国に不当に売られた国民を捜索する部隊を設立する。

 彼らが奴隷として売られてしまった国民の、最後の一人まで行方を掴めたのは、約十年後だった。




 -----完-----

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