第13話
親戚筋にあたると言うその紳士が娘さんを連れてやって来たのは、コスタス様の誕生日から一週間ほどしてからだった。前後は慌ただしいだろうからと避け、プレゼントは帽子だった。ちょっと童顔なコスタス様にはそれを隠すのがよく似合っていて、センスの良い人なんだな、と分かる。娘さんはきょろきょろ辺りを見回して。物珍しげだった。あまり慣れていないのかもしれない。
「お父様、私遊んでも良い?」
「こら、コスタス君の家は遊び場ではないよ」
「ぶー……」
不機嫌そうに靴を合わせる様子が可愛くて、くすっと私は笑ってしまう。紳士は貴族らしい。コスタス様より階級は上の。だからってコスタス様のことを蔑ろにしないのは良い人なんだなと思わせるのに十分だった。ねぇ、と私はその退屈そうな顔を覗き込むように顔を寄せてみる。きょとん、とした顔が可愛い。十歳ぐらいかな。もっと幼くみえるけれど。
「私と編み物をしない? コツさえ掴めれば良い暇つぶしになりますよ。勿論、お父様が許して下さったらだけれど」
「編み物? してみたい! お父様、良いでしょ!?」
「子守りをさせるつもりは――」
「お二人がお仕事のお話をしている時間はどうせ私も暇がありますし、問題ないですよ。もちろん、貴族らしくない趣味だと言われたらそれまでですけれど」
「否。女の子らしい趣味だと思うよ。アリサ、ご迷惑にならないようにね」
「はーい! えっと、」
「私はサーニャです。よろしく、アリサさん」
「よろしく、サーニャお姉ちゃん!」
ぱっと向けられた目の天真爛漫さに、自分もこんな風に育ってみたかったな、なんて思う。愛し愛されて家族と生きる。それは今この屋敷で果たされているから良いのか。過去を悔いても意味はない。後悔役立たず。こんなに前向きに慣れたのはいつ以来だろう。母が生きていた頃からになるだろうか。
部屋に向かうとまだ編みかけのコスタス様用ショールがある。編み棒は余っていたから、ふうっとちょっとだけそれに魔法を吹きかけて妖精を憑けた。ちょっと手伝ってね、と目でお願いすると、きゃっきゃと承諾される。まずは色。明るい色が良いかなと、ピンクや黄色の毛糸玉を差し出してみた。
「どれにします? アリサさん」
「んー、もっと格好良い色!」
「格好良い、ですか?」
「そう! お父さんにマフラー編んであげるの! サーニャお姉ちゃんみたく難しいのは出来ないけど、やってみたい!」
「解りました。じゃあ編み棒はこれを。色はこっち側から選んでくださいな」
「わーい、いっぱいあるー!」
並んでベッドに座り、手ほどきをしていく。妖精が運指を手伝ってくれたので、とくに引っ掛かる事もなくアリサさんは作業に没頭して行った。私も大分出来上がっているショールの編み棒を取って、ちくちくと編んで行く。房がいくつも付いたそれはちょっと仕事には重いかな、なんて考えながら広げてみると三角のそれが出来上がりつつあった。
顔を上げたアリサさんは、ふわー、っと声を上げてそれを見る。
「ねえ、私も練習したらそんなすごいの作れるようになるかな? お父様最近足腰が痛いってさすってるの!」
「勿論できますよ。良かったら編み物の本、お貸ししましょうか? 少し難しく見えても単純作業ですからそんなに困りもしませんし」
「良いの!? サーニャお姉ちゃん大好き!」
真正面から大好きなんて言われたのはもしかしたら初めてかも知れない。ちょっと頬が火照ると、こんこんこんこん、とノックをされた。はぁい、と返事をするとドアが開き、ワゴンに乗ったティーセットが運ばれてくる。
「子爵様と旦那様はお仕事のお話が忙しいようですので、お嬢様と奥様はこちらでティータイムをと思いまして」
ナースチャさんがちょっと困ったように、大丈夫かな、と目顔で問うてくる。にっこり笑い返すと、ほっとした息を吐かれた。十センチほど編み進められたマフラーの断片を放り出して、アリサさんもおっやつ、おっやつ、と不思議な歌を歌っている。そう言えばコスタス様以外とのティータイムなんて初めてだ。ティーカップにお茶を入れてナースチャさんは下がっていく。ドライフルーツの入ったチーズケーキにフォークを入れてぱくっと口に含むと、むーっと美味しそうに顔を綻ばせるのが可愛い。
「サーニャお姉ちゃん良いなあ、毎日ケーキ食べられるの?」
「毎日ではあません。普段はドライフルーツを少しとか、スコーンなんかです。でもコックさんのお料理はとても美味しいですよ」
「お父様に頼んでお泊りしたら駄目かなあ……編み物も教えて欲しいし」
「それは……子爵様次第ですね」
そっかぁ、とラムキャンディを入れた紅茶に口を付けたアリサさんは、しょんぼりして見せた。子爵とは男爵より一つ上の階級だ。階級社会で下の者に言う事を聞かせるのは簡単だろうけれど、蔑視されていたらそれは叶わない。私もケーキに手を付けて、銀のフォークにふぅっと息を吹きかけて、呼び出したのは妖精だ。
ちょっと子爵の頭を緩くしておいて欲しい。軽くお酒が入ったぐらいに。そうすればアリサさんの願いが通る可能性が増える。引き換えは残りのケーキ、と訴えかけてみると、こくこく頷かれてケーキはあっという間に姿を消した。中々に素早いな。まだ食べている振りをしながら、私はアリサさんを見下ろす。紅茶が熱かったのか、まだちょっとしか減ってない。
魔法使いの弟子だな、なんて昔読んだ本を思い出しながらくすくす笑うと、アリサさんはきょとんとして私を見上げて来た。
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