【下僕の弟、ありがたく思いなさいよ!! お姉ちゃんの初めてを奪わせてあげるから】

「――床板の補修が終わるまで俺が夏月なつきお姉ちゃんの部屋で一緒のベッドで寝るって!? それはいくら何でも問題ありじゃないの?」


姉弟きょうだいの関係で何が問題あるのよ!! そんなに取り乱しちゃってさ、あんたやっぱり馬鹿じゃないの? 一緒のベッドで寝れない理由わけをちゃんと説明しなさいよ」


「ええっとそれは!? うーんそうだ!! お姉ちゃんと一緒に寝るといつも俺を抱きまくら替わりにしたじゃないか!! 抱きつかれた手足の締め付けでいつも悪い夢でうなされたんだぞ。最後は絶対にベッドから固い床に突き落とされる始末だし」


「あんた、いつの話をしてんの、子供の頃の話でしょ、しっかり佑介の身体をお姉ちゃんがだいしゅきホールドして床になんか落とさないから安心しなよ」


「なんだ、そのだいしゅきホールドって!?」


「佑介、そんな言葉も知らないなんてどんだけウブなの!? そんなに図体も大きい大人なのにもしかしてだいしゅきホールドを女の子から受けたことないの? あんなに気持ちいいラブラブな行為なのに♡ お姉ちゃん信じられないんですけどぉ!! 男女の夜の営みについて知らないのが許されるのは小学生の低学年までだよ、きゃははは、本当にざぁこ♡過ぎて本気まじウケる!!」


「な、なんだよ、人をめちゃくちゃ馬鹿にして!! 夏月お姉ちゃんだって見た目は女子小学生じゃないか。自分はそのだいしゅきホールドとかやらを経験あるのかよ!! 本当は大蛇の正体も知らないおぼこ娘のくせに……」


「あんたこそ意味不明な単語でマウントを取ろうって魂胆こんたんは見え透いてるわよ!! おぼこ娘なんて聞いたことないし」


「ああ、わかったよ。 今晩いっしょのベッドで寝てやる。大人の本気をみせてやるからな、覚悟しろ!!」


「あんたこそ吠え面かいても知らないよ。お姉ちゃんがギタギタにして返り討ちしてやるから!!」


「よし、メスガキわからせ一本勝負だ、時間は無制限、どちらかが参ったと降参するまでな!!」


「望むところよ、主従関係を再度その弱っちい身体に叩きこんでやるから覚悟しなさい!! この下僕弟が!!」



 *******



 ――言葉の成り行きとはいえ、我ながら大人気おとなげなかったな。買い出しに出掛けた車中で先ほどの会話を思い返し俺は反省しきりだった。


「寝顔はこんなに可愛いのにな、まるで天使みたいだ」


 助手席で眠る夏月お姉ちゃんの横顔を見ていると、いまでもこの状況が信じられない。隣町へむかう車窓には巨大な湖が一面に広がっておりこの街は湖を中心に栄えてきた。遥か昔から生活を支える中心となり人々に寄り添っている。お祖母ちゃんから子供の頃に聞いた話があった、よみがえりの湖の伝承。亡くなったはずの大切な人が夏の短いあいだだけ遺族の前に現れる、そんな迷信じみた話はすっかり記憶の中から消去していた。


 そうだ、自分に都合が悪い過去もひっくるめて全部……。


 信号待ちで車を一時停止する。眠っている姉を起こさぬようにゆっくりと。俺は肘掛けのボックスを開け、例のを取り出した。


 ――当時のままのメスガキの姿でお姉ちゃんが突如現れた答えに思い当ってしまった。このの約束を俺はまだ果たしていない。


「なんで昔から自分以外のことばかり最優先するんだ。湖で溺れた俺を救うために飛び込んで死んじまうなんて。泳ぎが苦手なのを忘れるとかお姉ちゃんはどれだけお人好しなんだよ、ちくしょう!!」


 前方の信号機の赤がにじむ、不意に流れる涙を止められない。第二の故郷である場所に足を踏み入れたくなかった理由わけを湖畔に立つ水難事故の看板の多さに俺は思い知らされた。


「……むにゃ、むにゃ。ふうっ、お姉ちゃん完全に寝てたよ。う〜ん車の振動って心地いいね、あれっ!? どうしたの佑介、お外は晴れじゃないのにサングラスなんか掛けちゃってさ、ふふっ、何かの一発ギャグだったりするの?」


 彼女の起き抜けの何気ない笑顔に俺は胸を射抜かれた。


いまはごちゃごちゃ考えるのはやめにしよう、この笑顔さえあれば俺は他に何もいらない。


「何でもないよ、夏月お姉ちゃん、きょう一日俺とデートするのをあんなに楽しみにしてたんだろ、寝てたらあっと言う間に時間が過ぎちゃうよ」


「ああっ、そうだ!? 一分一秒だって無駄に出来ないんだから!! もったいないオバケが出ちゃうよぉ」


「……もうかわいいオバケは俺の前に出ちゃってるからさ」


「えっ佑介、なんて言ったの!? ぼそぼそ喋るから全然聞こえないし……」


「何でもないよ、お姉ちゃんの悪口じゃないのは確かだけどさ」


「ああっ、その言い方は絶対に私の悪口だ!! お店についたら覚悟しなさいよ!! 

 口答え出来ないように下僕としての調教をしてやるから……」


 ――俺の親父は過去に亡くなった人の遺品や災害で水没したカメラのフイルムを再生不可能の状態から修復する通称、想い出復元師の仕事に就いていた。そして親父は昔から体質なんだ。あの別荘に俺を急に住まわせたのも、このレトロカメラを託したのもすべて夏月お姉ちゃんが亡くなった過去に繋がっている。俺があの別荘で紛失したと思いこんでいたカメラの発見と同時に何らかの超自然的な力で彼女は現世に蘇り、先に親父の前に現れて自分のやり残したことについて、俺といっしょに過ごして叶えさせて欲しいと懇願こんがんしたに違いない。


 ――夏月お姉ちゃんの最高の笑顔を撮ること、それが俺の夏休みのやり残した宿題なんだろう。そして姉弟の限られた時間を与えてくれたことに感謝するよ。ありがとうな、親父。俺は絶対に約束を果たすから。

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