【いっしょにお風呂に入りましょうね、お姉ちゃんが久しぶりに背中を流してあげる♡】

 カポーン!! チョロチョロ。


「――ふう、朝っぱらからひどい目にあったな」


 おとこの生理現象を夏月なつきお姉ちゃんに鎮守様おちかんさまの呪いと勘違いされ、お清めの水ならぬお風呂の残り湯を浴びせられ、全身びしょ濡れになった俺はお湯を入れ替えたお風呂に入っていた。この辺りは温泉地も多く点在している関係で共同生活を始めた別荘も温泉引き込み物件なんだ。


「お風呂の窓から見える景色も全然違うな……。なんかこうみどりが濃いっていうか、とにかくされる空間だ」


 せっかくの温泉かけ流しのお風呂なのに昨晩はシャワーだけで済ませてしまった。色々なことが起こりすぎてはやく床に就きたかった。夏月お姉ちゃんの謎について深く考えるのもやめにした。きっと熱が出てしまうから……。


「しかし鎮守様の呪いとは懐かしいことを夏月お姉ちゃんは覚えているもんだな」


 鎮守様おちかんさま、この辺りではそう呼ばれている土着信仰の神様だ。俺も亡くなったお祖母ちゃんから聞かされて鎮守様にまつわる話も信じていた。でも大人になった今では分かる。迷信じみた教訓を使って子供に道に外れることはしてはいけない。お祖母ちゃんは伝えたかったに違いない。


「田舎に里帰りしたら必ずお参りに連れていかれたな」


 実家がある関係で、この地域に俺たちは昔からなじみが深かった。小学生の夏休みはほぼ一か月近く帰省していた。親父がこの別荘を使わせるのも合点がいく。亡くなったお祖母ちゃんの実家がある茅野ちの市はこの別荘の隣町に位置する。老朽化した古民家を再生して親父はそこに住む予定があるからだ。


「しかし夏月お姉ちゃんも早とちりな性格は変わっていないな。よりによって俺のおとこの勲章を大蛇の呪いと勘違いするなんて」


 起き抜けに部屋で起こった騒動を思い返して思わず口元がゆるむ。洗い場で椅子に腰かけている自分の身体に視線を落とす。タオルに隠された漢の勲章はまるで小型犬の可愛いしっぽ状態ですっかり大人しく鎮座ちんざしている


「ははっ本当にとぐろを巻いた大蛇サイズなら嬉しいんだけど」


「佑介、お姉ちゃんに言ってみ? 何がそんなに嬉しいんだって……」


 突然ペチャリ、と生暖かいモノを背中に押し付けられ思わず椅子から身体が跳ね上がってしまう。 


「おわああっ!? この声は夏月お姉ちゃん。いつの間に入ってきたんだよ!! まさか真っ裸じゃないよな。そうだ、み、水着だ。ちゃんとスクール水着を着ているんだろう!?」


「佑介、何で硬直しているの。大蛇の呪いはもう解けたはずでしょ? 後ろを振り向いても全然いいんだよ♡ それにお風呂に入るのになんで水着を着る必要があるの、意味不明なんだけど。あっ分かった!! もしかして二次成長した女子小学生の身体に興味シ・ン・シ・ンだったりして? うわぁ!! えっちな弟くんモード発動だぁ。このざぁこ♡」


 ぴとり、と肌にまとわりつく布の感触!? これはタオルなのか!!


 そうだ!! この窮地きゅうちを切り抜けるたった一つの冴えた方法は……。


「ふんぬうっ!!」


「ゆ、佑介、何してんの!? 声が裏返ってキモいんですけど。いきなり自分をタオルで目隠ししちゃって」


 これなら!! 中身はじつの姉とはいえ女子小学生の女の子と混浴する罪悪感をギリ防げるはずだ。それが自分を目隠ししたタオル薄皮一枚だとしてもいい!! 俺の網膜にはお姉ちゃんの二次成長をした裸身を焼き付けなくて済む。膨らみかけのちっぱいとか……。いかん、けしからんぞ俺!! モロに夏月お姉ちゃんの裸を見てしまったら脳内のハードディスクから完全に消去できる自信がないっ!!


「ま、まあ、ちょ、ちょっと落ち着いてお姉ちゃん!!」


「いちばん挙動不審なのは佑介じゃん!! それにあんたが子供の頃はお姉ちゃんと一緒にお風呂に入りたいって駄々をこねて困らせてたのを忘れたの?」


「いったい何年前の話だよ。子ども扱いすんなよ!! 俺はもう二十二歳だぞ。夏月お姉ちゃんといっしょにお風呂に入っていたのは小学校低学年の頃じゃないか!!」


「……ふうん何だかお姉ちゃんは悲しいな。佑ちゃんだけ大人になったみたいでさ。今朝のことはすっごく反省してるんだよ。せっかく姉弟水入らずでひとつ屋根の下に暮らせるようになったのに大失敗してあんたの部屋を水浸しにしちゃうし。水だけにほんとシャレになんない」


 背後に立つお姉ちゃんの雰囲気から強い反省の色が感じられる。すこしきつく言い過ぎたか?


「何でお姉ちゃんは急にお風呂に入って来たの?」


「だって、ずっとあんたの面倒をみてきたじゃない。亡くなったお母さんと病院でお約束したもん。佑ちゃんが強い男の子になるまでお母さんに替わって夏月がお世話係だって……」


 俺のお世話係!? 夏月お姉ちゃんが自分の母親とそんな約束を交わしていたなんて今まで俺はまったく知らなかった……。お姉ちゃんが普通に成長していたら彼女の母親似の素敵な女性になっていただろう。姉の母親は血の繋がらない僕にも実の息子みたいに優しく接してくれたな。俺は父親が再婚して同時に母親とお姉ちゃんが出来て天にも昇るような気持ちになった小学一年生の春を思い出した。


「お詫びも兼ねて佑介のお世話を今日は全部するんだって。張り切っちゃった……。馬鹿じゃん、私って。ひとりで勝手に舞い上がってさ」


 普段は大きなつり目が良く似合うメスガキ美少女の姿を思い浮かべる。勝気な態度はすっかり影を潜めた雰囲気だ。今朝の夢でみたようなお姉ちゃんは雰囲気がまったく違っていた気がする。いつからメスガキにキャラ変したんだろうか?


「……いいよ俺のお世話係になってよ。きょう一日だけじゃない。これからずっと」


「えっ!? 佑介、本当にいいの!!」


「あたりまえだろ!! たったひとりお姉ちゃんなんだから。ずっと寂しかったんだ。いったい何年分のお世話が溜まってると思ってんだよ。まとめて甘えさせてもらってもバチは当たらないから……」


「うわぁ!! やったぁ、これで佑ちゃんのお世話係復活だ!! じゃあ遠慮なくお背中流しますね!! その次はぁ♡ だんだん下に降りて参りまあ~す!!」


「ちょっ、ちょっと待って、夏月お姉ちゃん、やっぱり前言撤回ぜんげんてっかいしてもいいですか?」


「だーめ!! それに佑ちゃんはひとつしかないタオルで目隠ししてなんか気が付かない? 前が完全にぶらりノーガードだよ、やっぱり最後の詰めが甘いザコキャラ確定じゃん!! さて、お姉ちゃん全部包み隠さず見ちゃおうっかな♡」


「ああああっ!? うっかりミスをしてしまったあああ!! 駄目っ、お姉ちゃん見ないでよ!! 覗き込むのは絶対に禁止!!」


 カポーン!! チョロチョロ!! 


 ……俺たちが風呂場で巻き起こすやかましい喧騒けんそうも窓から広がる大自然の緑に吸い込まれていった。先が思いやられるけどこの生活もまんざら悪くないかもな。これ以上、図に乗るといけないから夏月お姉ちゃんには絶対に言えないけど。

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