第294話:魔獣・魔物の強さ
首を切り落としたので、さすがに死んでいるとは思うが何があるか分からない。
騎士たちが慎重に距離を詰め、様子を確認する。
少しして、
「コトハ様。確認が取れました」
「そっか、ご苦労様。それに、お見事」
「ありがとうございます。ですが、本来はコトハ様の手を患わせることなく対処すべきところ。まだまだです」
「まあ、それは追々ね。それに、普段狩っている魔獣と比べても、かなり強かったでしょ?」
うちの騎士団は、『ファングラビット』や『フォレストタイガー』であれば、きちんと準備して臨めば倒すことができる。それすら、この世界基準ではかなり強いらしいが・・・
実は最近、この森についての話を疑っているところがある。私やカイトたちが強いことを割り引いても、伝承にあるこの森の魔獣の強さと、実際に相対している魔獣の強さには、大きな差があるように感じる。
カイトに聞いた話では、『ファングラビット』が1羽出るだけで、相当な被害が出るし、『フォレストタイガー』が出ようもんなんら都市が滅ぶと言われているらしい。
確かに、『ファングラビット』も『フォレストタイガー』も、戦闘職ではない一般人からすれば、恐怖の対象だろう。この世界で特異な生まれ方をした今の私ならともかく、前世の私が遭遇すれば、即座に命を諦めると思う。
ただ、戦闘職について考えてみるとどうだろう。うちの騎士団はもちろん、バイズ公爵領の騎士団、サイル伯爵領の騎士団、近衛騎士団、後はラヴァの娘やライゼルさんのような冒険者・・・
出会ったのが、この国のトップに位置する人たちだということを踏まえても、この森の評価や『ファングラビット』などの魔獣の評価が、高すぎる気がしてならない。
現に、王都から帰ってから、うちの領を拠点にしているラヴァの娘やライゼルさんは、今では『ファングラビット』はもちろん、『フォレストタイガー』でも苦労せずに倒せるようになっている。
・・・・・・・・・考えられるのは。
この森や生息する魔獣・魔物に関する話が、言い伝えられていく中で変遷し、過度に恐れられるようになってしまった可能性。『ファングラビット』1羽でも、戦える人のいない小さな村ではひとたまりもないだろうから、そういった話が伝え広まったのかもしれない。
後は、今の人たちが、昔に比べて強くなった可能性・・・は、魔法についてや武具についてのレベルを見るに、おおよそ考えられないか。
他には、昔は『ファングラビット』も『フォレストタイガー』も、もっと強かったが、なぜか弱体化した可能性。いや、「なぜか」って・・・。ん? ・・・・・・・・・私たちが戦っている『ファングラビット』と『フォレストタイガー』が、昔話にある『ファングラビット』と『フォレストタイガー』とは違うってことは? 種全体が弱体化したのではなくて・・・、例えばまだ未熟な個体、だとか・・・
そういえば、『ファングラビット』や『フォレストタイガー』の子どもを、ほとんど見たことがない。それどころか、番になっているのも、そもそも複数で行動しているのもほとんど見たことがない。ガッドを襲撃してきたときは、別の要因で無理矢理集められていたのだし、森の中を普通に暮らす中では・・・
魔獣・魔物と動物の生態がどこまで似ているのか分からないが、ウサギやトラを考えると、番となり子孫を残す。群れを作るのかはよく分からないが、生まれたばかりの子どもは親と暮らすだろう。少なくとも、『ファングラビット』も『フォレストタイガー』も、動物のように交尾をすることは確かだと思う。最近は諦めたが、まだ魔獣・魔物の解体を覚えようとしていたときに、そういった部位があったことを覚えている。
となると、子どもを見ないのはどうしてだろうか。繁殖する場所が別にあるのだとすれば・・・、一番に思いつくのは森の奥。
例えば、森の奥深くで生まれ、そこである程度の大きさになるまでは親と過ごす。独り立ちする大きさに育つと、親から離れて森の浅い場所へと移動する。
・・・でも、どうして移動する? ・・・・・・浅い場所が暮らしやすいから? “弱い”魔獣・魔物しか生息しておらず、まだ若い『ファングラビット』や『フォレストタイガー』でも暮らすことができる・・・
これは、もっとじっくり調べる必要がありそう。軽く飛び上がってみても端が見えない広い森。今は徐々に南に進んでいるが、どこまで続くのか分からない。その途中、どんな魔獣・魔物が生息しているのか。
さっきまでは、『マッディーモニター』が“強い”と感じていたが、実は誤差なのかもしれない。本当に南に生活範囲を広げるのであれば、きちんと準備して、調査しなければ。
「私なら倒せる」というのが今の行動の前提になっているが、そうじゃない魔獣・魔物がいるかもしれない。・・・いや、いることを前提に動くべきだろう。
♢ ♢ ♢
私が1人考えている間に、『マッディーモニター』の解体は完了していた。
今日はリンを連れてはいないし、訓練がメインだったので、倒した魔獣・魔物は魔石だけ回収して埋めていた。
だが、初めて出会う魔獣。食えるのかはさておき、今後のためにできる限り持ち帰りたい。それに、かなり大きいので魔石のサイズにも期待が持てる。また、倒してからよく見ると、爪や牙はかなり鋭そうだし、皮もかなり頑丈そう。あのヌメヌメした液体の正体も気になる。これらは素材としての有用性はもちろん、今後であった場合の対策としても、できる限り情報を集めたい。
そんなわけで解体した。
首を切り落としているおかげで、皮を綺麗に剥ぐのは簡単だったらしく、手足の平からは棘が突き抜けた関係で穴が空いているが、胴体部分は綺麗な状態で確保できた。
マーカスが一撃で切り落としていたので分からなかったが、解体した騎士たちによるとかなり頑丈らしい。衝撃にどれほど堪えられるかは分からないが、斬撃などに対する防御力はかなりのものらしい。・・・それを一撃とは、さすがマーカス。
「コトハ様。皮や牙、爪を確保いたしました。魔石はかなりの大きさです。後は、体表を覆っていた体液が溜められていると思われる袋を確保いたしました。他にも大量の肉に内臓がございます。とても、持ち帰ることのできる量では・・・」
「他の部位で、珍しいというか調べた方がよさそうな部位はあった?」
「いえ。トカゲ型の魔獣を解体した経験から、一般的なものかと」
「そしたら、残りの肉と内臓は処分しようか。ああ、いや。肉は少しだけ持ち帰りたいかも。食べることができるかは知っておきたいし」
「はい。確保した皮等の荷造りを行い、可能な範囲で肉を持たせます。残ったものは」
「一箇所に集めといて。後で燃やしとく」
「はっ」
「それから、今日はもう帰るってことでいいんだよね?」
「はい。訓練の目的自体は達成していますし、『マッディーモニター』との戦闘で騎士ゴーレムを6体失っております。一度帰還し、改めて調査隊を編成の上、この湖周辺を調べさせます」
「分かった。そしたら、帰ろっか。帰りに敵が出たら、私が始末しちゃおうか?」
「・・・いえ。そこは最後まで訓練生に行わせます。今度は訓練生を、一人前の騎士に混ぜながら」
「・・・分かった。無理はしないでね」
「はっ」
騎士ゴーレムも破壊されてるし、私が適当に始末するのが早いし安全だとは思うのだけど・・・
結局、『マッディーモニター』は私がいなければ倒せていない。とどめを刺したのはマーカスだが、動きを封じたのも切るポイントを生み出したのも私。少なくとも、マーカスたちだけでは、逃げるのが精一杯だったと思う。
あれは仕方ないと思うが、騎士団長としては思うところがあるか。それに、先ほどの話のように森の危険度のことを考えると、騎士団にはもっと強くなってもらう必要がある。ドランドと性能のいい魔法武具を生み出すことは続けるし、騎士ゴーレムの改良は続けるが、やはりベースになるのは個々の能力。それを高めるために必要なことは、どんどんしてもらおう。
結局、帰り道で遭遇したのは、お馴染みの“弱い” 『ファングラビット』や『フォレストタイガー』だけだった。
一度だけ、複数体が同時に現れたので私が1体を残して処理したほかは、新人・先輩の騎士たちが一緒に対処した。訓練生たちの装備が、目に見えてボロボロになっているが、1日でこれだけの戦闘を重ねれば当然か。整備するドランドが悲鳴上げそうだけど・・・
早い時間に森に出た今日の訓練だったが、新たな魔獣と遭遇し、この森に生息する魔獣・魔物の強さに関して、不気味な予測をもたらして、日が沈む頃に帰還してお開きになった。
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