閑話:ラムスの報告1

〜アーマス・フォン・バイズ視点〜


本日の業務を完了し、王都にある屋敷の執務室にて寛いでいると、ボードが来客を知らせてきた。来客の予定はなかったのだが、と首をかしげていると、ボードに案内されて、1人の男が部屋に入ってきた。


「邪魔をするぞ、アーマス」


その男、ハールは私が返事をするのを待たず、執務室にあるソファーへと腰掛けた。


「全く。何の用だ、ハール。いや・・・、国王陛下?」


私が嫌みたっぷりに問いかけると、ハールは嫌そうにしながら、


「止めてくれ、アーマス。毎日毎日、『国王陛下、国王陛下』と呼ばれ、辟易しておるのだ。せめてお主くらいは、普通に名前で呼んでくれ」

「ははっ。国王なんだから、国王陛下と呼ばれるのが普通よ」


ハールがここを訪れた理由はやはり、山積みになった執務からの逃亡といったところか。私も宰相となり、膨大な仕事を抱えることとなった。建国式典に関する諸事はもちろん、通常の国家運営における執務が盛りだくさんだ。


そして国王となったハール。此奴もまた、仕事に忙殺されていた。これまで関わったことのある数名の国王を思い出し、よくもこれだけの仕事をこなせたものだと改めて敬意を抱いたほどであった。


幸いなことに、現在は国王と宰相、そして役職を与える予定の高位貴族たちの関係は良好だ。そりゃあ、建国当初からここがバラバラでは、国の運営などやってられんがな・・・

これが、文官をまとめる財務卿と軍部をまとめる軍務卿の間で対立したり、王家派閥と貴族派閥の間で対立したりすれば、どうなるか考えるだけでも恐ろしい・・・



突如やって来たハールに、苦言を呈しながらも気持ちが分かる故、互いに愚痴を言い合った。そうしていると、再びボードが来客を告げてきた。国王と宰相が話しているところに割り込める来客など、それこそ大公であるコトハ殿くらいではあるが、今回は違った。


「ご無沙汰しております、国王陛下。父上」


そう言いながら入ってきたのは、領の運営を任せている私の息子、ラムスであった。


「おお、ラムスか。どうだ、領の運営は」


先に答えたのはハールだ。

さすがにこの空間でのやり取りをとやかく言われることはないだろうが、ハール自身の訓練として、できるだけ国王らしい振る舞いを行うように言ってある。


「はい。数ヶ月前に比べれば些細なものですが、日々起こる問題に、頭を悩ませる毎日です」

「そうかそうか。それは、我々も同じだがな」

「ええ。それでラムス、わざわざこのタイミングというのには理由があるのだろう?」


領の運営を任せているラムスは、王都へ来た際には、私に領のことを報告する。しかしこれは、事務的な処理であり、ハールがいるこの場で行う必要がある話ではない。

つまり・・・・・・


「はい、父上。クルセイル大公殿下やクルセイル大公領に関しまして、いくつかご報告が。国王陛下にもお伝えするべきかと思いましたので」

「そうか、コトハ殿のことか」


私とハールの視線に促され、ラムスは話を始めた。


「まずは、事務連絡から。予想通りコトハ殿は、王城に滞在されるとのことです」

「そうか。アーマス、任せるぞ」

「ああ。ラムスよ。それはレーノの助言によるものか?」

「でしょうね。レーノと、コトハ殿の執事であるレーベル殿と相談された後、王城との返事をいただきました」

「うむ。レーノはもちろん、レーベル殿も側にいるのだから、コトハ殿を狙う下らん貴族については、それほど心配はないか」

「はい。コトハ殿は基本的に相談してから決めるスタンスの様でしたので」

「それはよかった」


私とハールの懸念の1つは払拭されたようだ。

私たちの懸念。それは、コトハ殿を丸め込もうとする貴族の存在だ。もう少し言えば、貴族特有の言い回しやしきたりでだまし討ちにして、言質を取られてしまう可能性だ。

コトハ殿にもカイトやポーラと同じように貴族向けの教育を提案したのだが、断られた。そもそもコトハ殿は、かなりの教育を受けた経験があるようであった。そこには貴族の教育は含まれていなかったが、それ以外の面では問題が無かった。


貴族に関する教育だけなら、レーノのように近くに適切に諫言ができる存在がいれば問題ない。コトハ殿も相談しているようだしな。それに、話している感じコトハ殿の価値観は、我々とはまるで異なっているように思えた。私が貴族だからというのを超え、この国、世界の者が持っている感覚と異なる様に感じた。そんなわけで、無理に貴族としての考え方を押しつけるのは悪手だと判断したわけだが・・・


「後は、コトハ殿を狙う変な貴族が愚かな真似をしない様に願うだけか・・・」


私の呟きにハールは頷き、ラムスは、


「それに関してですが、コトハ殿、というかクルセイル大公領では、また多くの貴族や商人が食いつきそうなことが起きていましたよ」


と言い出した。

聞くのが怖いが・・・


「何があったのだ?」


嫌な予感がしながらも聞いてみたところ、それはまあ、とんでもない話であった。



 ♢ ♢ ♢



「まずは軽めの話からです。コトハ殿が新しい従魔を得たようです」

「従魔?」

「確かコトハ殿の従魔は、スレイドホースと、よく分からぬスライム、それにベスラージュ、という狼型の魔獣だったか?」

「はい。まあ、ベスラージュのシャロンはポーラの従魔ですがね」

「ああ、そうだったか。よく考えていなかったが、従魔たちも途轍もないわけだな・・・」

「アーマスよ。それを言い出せばキリがないぞ。それでラムス。新しい従魔とは? わざわざ言うのだから、またとんでもない従魔なんだろ?」

「はい。・・・・・・ドラゴンです」

「「はっ!?」」

「だから、ドラゴン、です。正確には古代火炎竜という種族らしいですが」

「ど、ドラゴン、だと?」

「それは、大きく、翼があり、ブレスを吐くという、あの?」

「はい。ブレスを吐くところは見ませんでしたが、身体は物語に出てくるようなドラゴンでしたね。どうやら身体の大きさを変えられるらしく、普段は両手で抱えることができるサイズでコトハ殿の周りを飛んでいましたが」

「・・・・・・それは、間違いないのか? ワイバーンとかではなく、ドラゴン?」

「はい。小さいままで、グレーイーグルを仕留めていましたよ」


グレーイーグルか。クライスの大森林に生息する魔獣ほどではないが、強力な魔獣だ。普通は人を襲わないが、稀に子どもをエサと認識して襲うことがあり、発見された場合は即座に討伐若しくは追い払うための冒険者が雇われる魔獣だ。大きさは3メートルほど。それを仕留めるとなると、本当に・・・?

いや、そもそもだ。ワイバーンが身体の大きさを変えることができるなど聞いたことが無い。

コトハ殿は『魔龍族』という種族。近しい種であるドラゴンであっても従魔にできるということだろうか・・・・・・?


「それは、また凄い話だな。グレーイーグルを仕留めたという話から、強いのは想像がつくが、どれほどだ?」

「さあ? 私には分かりかねます。ただ、オランドがマーカスから聞いた話では、まだ子どものようです」

「マーカス、というと今はクルセイル大公領の騎士団長だったな?」

「はい、陛下」

「今更だがラムスよ。この場では、これまで通りに『ハールおじさん』、でよいぞ」

「そ、そうですか。では、ハールおじさん、と。マーカスは、現在はクルセイル大公領騎士団の騎士団長です。マーカスの話では、少し前にクルセイル大公領の領都を3体のドラゴンが訪れたようです」

「3体の・・・」

「ドラゴン・・・、だと?」

「はい。そのうちの1体がコトハ殿の従魔となったホムラ。2体は、古代火炎竜という種族の長とその弟だそうです。詳細は不明ですが、この2体のドラゴンから放たれるプレッシャーは凄まじく、生きた心地がしなかったと。そしてその子どもが」

「コトハ殿の従魔になったと。つまり・・・」

「はい。古代火炎竜というドラゴンは、コトハ殿に下ったわけです。正確には忠誠を誓いに来た、というのが正しいわけですがね」


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