第133話:移住希望者
紹介されたアーマスさんの家族との食事は和やかに進んだ。
私たちはミシェルさんやフォブス君たちに会ったことが無かった。というのも、3人がガッドにいたときにはまだ、私のことを黙っておくとの約束が生きており、そしてガッドが襲われる可能性が高いことを知ると、ハールさんの下へ避難させたため、会う機会が無かったのだ。ハールさんはミシェルさんのお父さんだしね。
私が期待していた通り、フォブス君もノリス君も絶賛勉強中とのこと。カイトたちがよければ、一緒に学ばせるつもりらしい。私はもちろん、カイトやポーラもそれを望んだので、4人は一緒に勉強することになった。
森で生活していると、カイトやポーラは同年代の子と関わる機会が全くない。マーカスたちは大人だし、レーベルたちはいろいろ違う。2人の同年代、しかも身分的にも近いので、カイトたちにあまり遠慮することなく接することができるフォブス君とノリス君の存在は、ありがたいものだった。
すでに4人は打ち解けたのか、テーブルの端で話している。フォブス君とノリス君は最初、カイトとポーラに「様」を付けようとしていたが、カイトたちが嫌がり、私も促したことで、同級生同士が呼び捨て、年の差がある間は「兄、姉」、「君、ちゃん」呼びになった。公の場ならともかく、内輪で話しているのだから気にしなくていい。
ついでとばかりに、ラムスさんとミシェルさんにも私の「様」呼びを止めるように頼み、何度か押し問答の末、ラムスさんには「殿」、ミシェルさんには「さん」呼びをしてもらうことで決着した。
♢ ♢ ♢
翌日、ジャームル王国の使者との交渉に同席し、自己紹介をしておいた。それから一言、「私の出番が無いことを願いますね」とだけ告げて、部屋を後にした。ジャームル王国の使者は青ざめていた気がするし、小声でアーマスさんに「100点だ」と言われたので、上手くできたようで安心した。
カイトたちは今日から勉強を始めるとのことで、フォブス君とノリス君のもとへ向かっていた。私はレーノたちと一緒にトレイロ商会へ向かい、トレイロさんに挨拶してから野菜などの苗や種、調味料などを大量に買い込んだ。
一方で、市場調査も兼ねて『セルの実』や『シェンの実』を渡しておいた。トレイロは私が貴族になったことは当然把握しているようで、領の特産品の検討だと伝えると、様々なルートに流してどの程度売れるかを調べることを引き受けてくれた。もちろん、手間賃は支払っておく。商人と良い関係を築くためには、きちんと対価を支払う必要があるのだ。
最後にギルドに寄り、ソメインさんとの約束通り、素材を売っておいた。
アーマスさんのお屋敷に戻ると、ボードさんに案内され、裏にある騎士団の訓練場に案内された。そこでは、カイトとフォブス君が剣を振るっていた。2人の相手をしているのは、たぶん面識が無い男性だ。ただ、どこか見覚えがあるような・・・
「コトハ様。カイト様とフォブス様の相手をしているのは、オランド。騎士団長オリアスの息子で、次期騎士団長です」
「ああ、オリアスさんの息子さんか。どうりで見覚えがあるわけね」
「はい。アーマス様が宰相となり国政に関する仕事を行うようになったことで、ガッドにいることができる時間が減りました。そのため領の運営はラムス様が担うようになっています。それに合わせて、騎士団長のオリアスと執事長の私は、それぞれ後任に席を譲る予定です」
「アーマスさんと一緒に王都へ?」
「はい。さすがに宰相が貴族位を退くわけにも参りませんので、アーマス様はそのままですが、我々は後任に譲った方が簡単ですから。ちなみに、カイト様方に勉強を教えている中心は、次期執事長のグレイです。私の長男になります」
カイトたちに誰が勉強を教えてくれるのか少し気になっていたが、次期執事長であってボードさんの息子さんなら安心だ。まあ、もともとラムスさんの息子であるフォブス君とノリス君にグレイさんが勉強を教えていたところに、カイトとポーラが参加させてもらった感じなのかな。
貴族家の男子は、ある程度の剣術なんかは身に付ける必要があるらしいし、オランドさんとの訓練もその一環なんだろうな。カイトも剣術を身に付けようとしていたし、参加させてもらえるならありがたいね。
そういえば、昨日も思ったけどフォブス君の保有魔力はかなり多い気がする。たぶんノリス君もだ。少なくとも剣を交えているオランドさんや、周りにいる他の騎士と比べれば、その差は歴然だ。もしかしたら、2人は魔法が使えるんじゃないかな・・・。まあ、後でアーマスさんに聞いてみようか。
♢ ♢ ♢
アーマスさんの用事が済んだようで、応接室に案内された。
開口一番、私の脅しが完璧だったと感謝された。あれくらいでいいなら、お安いご用だ。
交渉はかなり上手くいったようで、早ければ数ヶ月で、奪われた領土を取り返せるらしい。今来ている使者が戻り、向こうでの意思形成ができるであろう1ヶ月を目処にこちらから使者を送る予定らしい。
そんな話を聞いてから、
「それで、コトハ殿。今日は話したいことがあるとか?」
「ええ。1つあったんだけど、さっき2つに増えたの」
「・・・それは、どういう?」
「まず、元々の用事ね。前回、マーカスさんたちを受け入れたんだけどさ、そのご家族についてなの。アーマスさんも来たことのある私たちの拠点を、一応領都として改造して、ある程度の人数が住める場所を整えたの。それで、希望があれば、私たちの領都へ受け入れることもできるんだけど・・・」
「なるほど。クルセイル大公領の領都へ引っ越した後は?」
「領都は前回見たよりも強力な壁で覆っているから安全よ。だから、領都の中でいろんな仕事をしてほしいと思ってる。人手はいくらあっても足りないだろうから」
「・・・なるほど。・・・・・・そうだな、レーノ。悪いが正直に答えてくれ。クルセイル大公領の領都では、騎士ではない民でも暮らしていくことは可能か? コトハ殿には申し訳ないが、一般的な民を基準にした話は、レーノに聞いた方が分かりやすいと思ってな・・・・・・」
本来は少し失礼な物言いなんだろうけど、現在はバイズ公爵領に住んでいる民の移住の話なわけで、移住先の安全を考えるのは当然だろう。むしろ、正しく民を守ろうとしているのだと、好感が持てた。
「ええ。それはその通りだと思うよ。私もレーノに説明してもらうつもりだったし。レーノ、遠慮は要らないから正直にね」
「はい。コトハ様が仰ったように、領都の周囲を覆う防壁の強度は完璧です。ファングラヴィットやフォレストタイガーが壁に体当たりすることもありますが、問題になりません。また万が一内部に入った場合でも、騎士団によって簡単に対処できます」
「・・・レーノ、壁が凄いのは同意するのだが、騎士団もか? お前やマーカスがいるのは知っているし、元々うちの騎士団員なわけで、弱くは無いだろうが、問題は無いのか?」
「詳しい戦力や戦術については控えますが、クルセイル大公領に移住して1か月、騎士団は様々な訓練や魔獣狩りをしておりますが、死者はゼロ。重傷者もいません。戦果としては、毎日ファングラヴィットを10羽程度、狩っております」
「・・・・・・な!? い、いや、そうか。よく考えれば、コトハ殿たちもおるのだし・・・」
「いえ、コトハ様が狩った魔獣は別です。もちろんカイト様やポーラ様も。純粋にクルセイル大公領騎士団の戦果です」
「・・・・・・・・・・・・そう、か。よく分からんが、分かった。とにかく、家族を移住させても問題はないのだな?」
「はい。少なくとも今いる騎士の家族を移住させても、全く問題ありません」
「そうか。分かった。とりあえず、それぞれへ使いを出そう。ボード、オリアスにそれぞれの家に使いを出すように命じよ。移住を希望する者、決めかねている者は明日の昼頃屋敷へ来るようにと」
「承知致しました」
アーマスさんは納得していないようだが、受け入れてくれた。まあレーノの話には、ゴーレム騎士に関する説明が全くない。そりゃ、一応機密扱いにしているし、説明を省いても納得してもらえたので、良しとしよう。
「移住を希望する者が多かった場合は、こちらで馬車を用意しよう。といっても森を進むのは大変だと思うが・・・」
そうなのよねー。森の入り口までは馬車で移動してもらって、森の中は歩いてもらうしかないよね。子どもや老人、体調の優れない人を馬に乗せつつ進むかな。私がいれば魔獣に襲われる心配はないけど、用心した方がいいか・・・
「そのときはお願い。森の入り口までは、うちの騎士団に迎えに来させるから。交替で馬に乗せながら、騎士団に守らせる。明日の集まり具合を見て、連絡させるね」
「ああ。それがいいだろうな。では、明日家族を集め、移住希望者を確認。3日後に出発ということでいいか?」
「ええ。よろしく」
「相分かった」
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