第59話:クライスの大森林への侵攻3

〜ラシアール王国第二王子ロップス視点〜


嘘だ、嘘だ、嘘だ!

なぜこの私がこんな目にあわねばならんのだ!


レンローに、魔除けの魔道具の効果は絶大だと紹介された。

私は、その魔道具を父上に紹介し、クライスの大森林への進軍を進言する。

塩の販売が上手くいかず、国レベルで収入が激減しているこのタイミングなら、許可が下りる。


遠征が成功すれば、ラシアール王国は塩の販売で、再びジャームル王国の優位に立てる。

そして、数多の資源が眠る、クライスの大森林を獲得できる。

私は、遠征軍を率いて、ラシアール王国を史上最大の危機から救った救世主として、兄に代わり、次期国王となるはずだった。


2日目までは順調だった。

魔獣どもは、魔除けの魔道具の効果で寄りつかず。

計画よりも速いペースで、進軍していた。

私の命令通り、進軍ペースを上げたことが、いい結果を生んだと言えるのであろう。



だが今日になって、事態は一変した。

開けた場所を見つけ、仮拠点の設営を検討していた時に、1体の魔獣が現れたのだ。

なんだあれは。

あんな魔獣聞いたことが無いぞ!

それに魔除けの魔道具はどうした!?


すぐに兵が魔獣を包囲し、攻撃を開始したが、ぜんぜん通用していない。

近くにいる者から、魔獣に殴られ、吹き飛ばされている。

何をやっておるのだ! ラシアール王国の騎士や兵士であるのならば、その程度の魔獣、直ちに始末せよ!


そんな願いも通じず、次々と死んでいく。

レンローに、なんとかするよう命じようと思ったら、あろうことかヤツは自分の側近と一緒に、この場から逃げようとしていた。

それも、この私を置いて。



貴様! これまでの恩を忘れたのか!

そう、レンローを呼び止めようとしたのと同時に、魔獣が大きな声で叫び、口から何かを撃ち放った。

魔獣が放ったのは、白い光。

それは、私を置いて逃げようとしていた、レンロー達を飲み込んだ。


光が消えると、レンロー達の姿は無かった。

・・・・・・・・・逃げたのか?

そう思い、目をこらすと、何やら、鎧の残骸や、肉片のようなものが散らばっているのが見えた。

あれは、まさか・・・・・・



近くにいた騎士に、


「おい。一体どうなったのだ? レンローは逃げたのか?」


そう問いかけた。

騎士は、


「い、いえ、殿下。レンロー侯爵たちは、魔獣の放った光線により、消し飛びました。残っているのは、鎧の一部と身体の一部のみです」

「・・・・・・なっ」

「あの魔獣に、魔除けの魔道具は効かず、我々の攻撃も意味をなしていません。退却の許可を願います!」

「た、退却だと!? それではまるで、この遠征が失敗したようではないか! ならん! ならんぞ! 命に代えても、あの魔獣を始末せよ!」


そう、騎士に向かって叫んだ。

当然であろう。この私が率いる軍に、敗北などあってはならぬ。


すると騎士は、周りにいた騎士と視線を交わし、


「・・・では、ご自分でどうぞ」


そう言って、レンロー達が逃げようとしていたのとは別方向へと走り出した。

は? 何をしておる?

こいつらは、王子である私の命令に背くというのか?


「き、貴様ら! 何を考えておるのだ! この私に逆らうのか!?」


そう叫ぶが、騎士達は振り返りもせずに、走り去っていった。





逃げていった騎士達の方を睨んでいると、うなり声が聞こえてきた。

おそるおそる、声をする方を向くと、魔獣と目があった。

魔獣は何かを咥えている。

あれは・・・・・・・・・、騎士!?


「く、来るな!」


思わずそう叫んだが、魔獣はゆっくりと、こちらに向かって歩き出している。

周りを見るが、私の他に、生きている者はいない。


・・・殺られる。

どうすればいい?

私はまだ死ぬわけにはいかない。

私はこの遠征を成功させ、ラシアール王国の国王にならねばならない。


私は、護身用に持っていた魔除けの魔道具を魔獣めがけて投げ、全力で走った。

ただただ、あの場所から離れるために。

他の分隊と合流し、私を守らせながら、体制を立て直すしかない。







少し走り、後ろを振り返ると、魔獣は追いかけては来ていないようだった。


「ふー。逃げきれたのか」


安心して、周囲を確認するが、騎士や兵士の姿は無い。

他の分隊を探そうにも、ここがどこかも、方角も分からない。


仕方なく、来た道を背に、進んでいく。

空を見れば、日が暮れ始めている。

どうにかして、兵を見つけねば。





右手の茂みから、ガサガサっと、音が聞こえた。

な、仲間か!?


「おい! 私はここだ! 早く助けろ!」


そう叫ぶが返事はない。





・・・・・・そして、茂みの方からゆっくりと、さきほどの魔獣が姿を現した。


「ひ、ひっぃぃぃ。く、来るな!!」


そう叫び、剣を振るうが、当たらない。

後ずさりをしていると、石に躓き、尻餅をついてしまった。

それを見て、魔獣が、腕を振り上げ、目の前に振り下ろしてきた。








もの凄い轟音と、土煙が舞った。

それを認識して少しして、強烈な痛みが右腕をおそった。


「あぐぁ・・・。う、腕。腕が・・・」


・・・・・・わ、私の右腕が。

腕が。腕が。

魔獣はさらに腕を振り上げている。


「や、やめてくれ! 頼む! 助けてくれ!」







い、生きているのか?

魔獣は、振り上げていた腕を、その場に下ろしている。

しかも、魔獣の視線は私ではなく、私の後ろに向いている。

一体何を見ているのだ?





後ろを振り返ると、この間、私に不敬を働いた、女が立っていた。







 ♢ ♢ ♢


〜コトハ視点〜


今日は、レーベルに代わって、私が拠点の周りの偵察に出ている。

拠点の改造をしてから、数日が経過したが、攻めてくる者とは遭遇していない。

もちろん、拠点にも誰も攻めてきてはいないし、『アマジュ』の群生地にも、攻め入った形跡は無い。


今日もラシアール王国のある拠点北側を中心に、見回りをして、特に異常はなかった。

久しぶりに、ファングラヴィットを数羽見かけたが、それくらい。

気になったことと言えば、見かけたファングラヴィットがどれも、顔周りが血だらけだったことだ。

怪我をしている様子でもなかったので、食事の後なのかな?

ファングラヴィットは雑食で、肉も食べるようだが、これまでは木の実やキノコなんかを食べている姿をよく見かけた。

勝手に、クライスの大森林では弱い部類に入るので、狩りは苦手なのだと思っていたが、そうではなかったようだ。



異常も無いということで、拠点へ帰ろうとしていると、人の叫び声が聞こえた。

ラシアール王国軍?

・・・でも、森の中を行軍するときに叫ぶの?

気になったので、確認しに行くことにした。

万が一に備えて、『竜人化』はフル発動させておく。加えて、石弾を多数作り出しておき、『ストーンバレット』の発射用意も整えておく。



そうして叫び声のした方向へ進んでいくと、いつぞや戦ったゴリラ魔獣ことブラッケラーを見つけた。

左腕には、4本の痛々しい傷がついている。

あれは、私が『竜人化』した爪で切りつけた傷か。

ってことは、あのときのブラッケラーね。

こんな場面で遭遇するなんて・・・


そして、そのブラッケラーの前で、1人の人間が腰を抜かしていた。

あの無駄に豪華な鎧、ムカつく声は・・・・・・、例のクソ王子か。

見ると、右腕が、無くなっている?

すぐ近くに、血溜まりが見えることから、ブラッケラーに千切られたか、潰されたかな?



クソ王子は、私を見ると、


「おい、女! 私を助けろ! それで、この間のことは水に流してやる!」


そう、叫んできた。

この間のこと?

なんかしたっけ?

・・・・・・あー、殴ったわ。

クソ王子からすれば、あれは私の不敬罪なんだっけ?

それで、水に流すから助けろってわけね・・・

いや、助けるわけないでしょ。



ブラッケラーは、私を見つめて動かない。

どうやら、私に攻撃をするつもりではなく、私の様子をうかがっているだけのようだ。

・・・そういえば、あのブラッケラーは最後、なんか光線を放った隙に逃げたんだよね。

と、なると・・・、あのブラッケラーにとって、私は敵ではなく、勝てない存在になっているってこと?


自分よりも強い存在が、目の前に現れたから、警戒している?

・・・違うな、獲物を譲るべきか迷ってるんだ。

この状況を察するに、ブラッケラーはクソ王子を食おうとしている。

その中に、私が飛び込んだ。

当然、私も獲物を狙っているのかと考えるわけだ・・・





よし、


「・・・いいよ。私、こいつに用はないから。あなたの好きにしていいよ?」


クソ王子を指さしながら、ブラッケラーにそう伝えた。




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