第一和【雨の日】

 学校から傘を刺して帰る途中、ぴちゃぴちゃ音を立てる足から視線を逸らし、ふと前を向くと、赤い絵の具に染まったぬいぐるみが落ちていた。


 その時は趣味が悪いイタズラだと思った。


 気になりながらも無視をして通り過ぎようとした時にあることに気づく。


 ぬいぐるみじゃない。


 生きている。


 虎模様の小さいドラゴンの体が、呼吸をしているように、小さく膨らんだり縮んだりしていたのだ。


 赤い絵の具だと思っていたものは、血であった。


 このよくわからない生物は、血だらけで道に倒れていたのだった。


 スカートが地に触れることもいとわず、しゃがんで触れてみると、とても冷たく、少し温かい。


 しかも、反応がない。


 長い間雨に打たれていたのだろうか。


「どうしよう、動物病院とかに連れて行かないと...あそこって、いくらかかるんだろう...」


 周りを見回しても誰もいない。


 自分の代わりとなる人はいなさそう。


 そういえばこの道は人通りが少なかったな。


「最近の珍しい動物とかも受け入れてくれるのかなぁ...てか私サイフ忘れてたんだった、家に一旦帰らないと」


 でもこのまま放置しておく訳にはいかない。


「動かしても、死なないよね...」


 私はこの変な生き物を抱え、帰路を急いだ。


 昔ずっこけてぐちゃぐちゃに濡れた思い出があり、そんなに全速力というわけにはいかなかった。


 だが、傘をささずに小脇に抱え、横断歩道のない道路を横切るぐらいには急いだ。


 そのまま傘入れにしまい、生き物を抱えたまま指先を使ってドアを開けて、家に入るとお母さんの声がする。


「おかえり〜」


「ただいま」


 トビラを一枚挟んだ先のリビングにいるお母さんに聞こえるかどうかの声で返事をした。


「雨だったけど大丈夫?」


 お母さんがトビラを開けて出てきた。


 いつもはあんまり出てこないのに、あまり見せたくない物を持っている今日に限って出てきた。


 私は上着を変な生き物の上に被せて背中を丸くする。


「大丈夫...」


 そう言って目の前の階段を上がり、自分の部屋に行こうとすると、後ろから声が聞こえてきた。


「傷はヘッチャラだけどお腹が空いたぜ」


 振り向くと、あの変な生き物が立っていた。


「え、しゃべっ


 上着の中を確認すると、あの生き物は見当たらない。


 いつの間にか、いや、さっきの一瞬で逃げ出していたみたいだ。


「あら、どうしたのそれ?」


「なんでもない!」


 突き放すように口を開く。


 そして生き物を素早く抱き上げて階段を上る。


 お母さんとは仲が悪いわけではない、けど、話しにくいのだ、どんなことも、この子のことも。


 部屋に入ってドアを閉め、不思議な生き物を地面に立たせてあげる。


「あなた喋れたの?というか、どうしてあんなに傷だらけで...」


「もうあの傷は治ったぜ、でもお腹空いたぜ...」


「治ったって...あんなに血まみれだったじゃん...」


「大丈夫だぜ」


「ホントに?でも一応病院とかいかないと...」


「ビョーイン?」


「あ、食べるもの持ってくるね」


 サイフ探さなきゃと思いながら階段を駆け下り、リビングへ直行した。


 トビラを開けてソファーに座っているお母さんに話しかける。


「...ねぇ...お腹空いたから何か作っていい?」


「それくらい作ったげるわよ、もうそろそろ晩御飯だしねー」


「...うん、ありがとう」


「出来たら呼ぶから、着替えちゃいなさい」


「うん」


 リビングを出て目の前の階段を上る途中、色々考えた。


 自分のサイフどこに置いたっけ。


 お母さんが作ってくれたもの、あの子は食べれるのかな。


 あの子、何者なんだろう。


 少なくとも私のわかる動物ではないし、そもそも日本語を声に出す動物なんているのか?


 オウムやインコがいるか。


 びしょびしょのあの子を抱えた時に濡れた服の感覚が気になって考えはまとまらなかった。

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