第93話 本の業

 結局、平太郎は社長の言葉に甘えて暫しの休息を得ていた。


 ゆったりとした時間の流れに触れていると、自然と疲労も回復していく。


 そろそろ全快の兆しが見えたところに源三はやって来た。


「どうだ?数日休んで。元気になったか?」


 外から戻って来た源三は居間にいた平太郎に声を掛けた。


「まあ、ぼちぼち。って言うか帰ってくるの早いね。まだお昼前でしょ?」


「それはそうなんだが、ニュースは見たか?」


「何の?」


「まあいい。どうやら今夜辺りに怪獣が上陸するらしい。それでなんだが戦えるか?」


「まあ、うん。」


「それでこそ俺の孫だ。」


 そう言うと座っている平太郎に手を伸ばした。


「何?」


 平太郎は顔を上げて源三を見る。


「腹が減っては戦は出来ぬって言うだろ?昼飯食いに行こうぜ!」


 平太郎はその手を取ると立ち上がった。



 外食も終え、少しもすれば日は落ちる。


 『戦闘許可区』に向かう途中。平太郎を乗せた源三の車は道路沿いで発光する自動販売機の前で止まった。


「ちょっと待ってて。」


 源三はシートベルトを外し降りていった。


 平太郎は気にもせず携帯をいじっていると、直ぐに彼は戻って来る。


「ほら!これ飲んだ。」


 源三から投げ渡されたのは、茶色い瓶の栄養ドリンク。


 平太郎は手に持ったそれを見ていると、蓋を開けた音が隣から聞こえる。


「どうした?飲まないのか?」


「いや。飲むよ。」


 平太郎も栄養ドリンクの蓋を開けると一気に飲み干した。


「よし!燃料も補充したし、戦いに行くか!」


「うん。」


 車は再度動き出す。



 少しして車両は『戦闘区』に入る。


 すっかり日も暮れて外灯や建物は光を上げている。


 平太郎は味気の強い栄養ドリンクで、すっかり数日の休暇ムードから目を覚ました。


 車が格納庫の方へと進んでいると、海岸方向の車窓から突如。緑に近い蛍光色の光が差した。


「何だ?平太郎ちょっと見てくれ!」


 源三に言われるまでもなく平太郎は窓越しに外を見た。


「なんか、空が光ってる!」


 平太郎が目にした光景は、空に浮かぶ緑色の光源。その発光は凄まじく『戦闘許可区』の小さな建物たちを照らしおおよそ夜とは思えない景色を作り出していた。


「じいちゃんなんか知らないの?例えば軍の兵器とか。」


「いや、分からん。...となると怪獣か!」


 夜空を照らす不自然な光に圧倒される平太郎。もしこれがこれから闘う相手によるものだと考えると、恐れの感情が湧いた。


 瞬時にして夜の静かな雰囲気を異界の様に変えた存在に源三は何とも思っていないようで、車は変わらず格納庫上の駐車場へと向かっていた。


 長く生きていれば似たような怪獣とも闘うことがあるのだろうか、などと思っていれば車両はいつもの駐車場に着いていた。


「降りよう。」


 降車するとよりその降り注ぐ光の迫力は増す。宇宙からエイリアンが来訪したかのような光を受けながら二人は格納庫へと降りて行った。



「今日は『ニ・モ』で出るんだね。」


 銀色の昆虫型メカの中に平太郎たちは乗り込んだ。


「あの怪獣。どうやら『ホタル型怪獣』の様でかなり上空を飛ぶそうなんでな。」


 確かに近接攻撃に秀でた『オオガ』ではその強みを生かせない。


「あの光は蛍の光だったんだ!」


 『オオガ』で出ない理由よりも怪獣の正体に平太郎の意識は動く。


 近未来的でもあり、妖術的でもある不気味な光の正体が昆虫によるものだとわかると、一気に恐れが薄れていった。


 それと同時に段々と勝利までの展望も見えてくる。


 暫くして軍からの無線が入り、メカは格納庫ごと地上に向かった。


 『ニ・モ』にエンジンが掛かり振動し始めると共にモニターに光が灯る。


 そこには夜空から降り注ぐ緑色の光が海面をも照らし、見たことのない島の景色が映し出されていた。


「行けるか?」


「うん。」


 源三の操縦で離陸すると浮遊感に襲われる。


 メカは物凄い駆動音を立てると一気に夜空へと入っていった。

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