第59話 退の院
「おう!久しぶり!」
荷物を持ってやって来た源三は大きな声でロビーにいる三人に声を掛ける。
「ちょっと!あまり大きな声を出さないで下さいよ。」
囁くような声で友子が源三に注意をした。
「ああ、すまん。」
「それでは、外に行きましょう。」
社長がそう言い、全員で病院を後にした。
「平太郎も久しぶりだな!」
そう言われて平太郎は肩に手を回される。
「じいちゃん、もう何ともないの?」
「ばっちりだ!」
源三は軽く左右に首を動かして見せた。
「源ちゃんこれを。」
社長は車から昨日皆で選んだ退院祝いを取り出し、源三に渡す。
「なんか悪いですね。」
「いやいや。源ちゃんはうちの大切なパイロットの一人なんですからこれぐらい受け取ってください。」
「まあ、それじゃあ。」
皆は社長の車に乗って『戦闘区』唯一の飲食店。源三の行きつけの大衆居酒屋へと向かった。
「いらっしゃいませー。」
「あの予約した山枝です。」
「はい。山枝さんね、ではこちらに。」
と店主がテーブル席に案内する。
「ここも懐かしい感じがするなー。」
辺りを見渡した源三がそう漏らす。
「今日はね。源ちゃんの退院祝いと平太郎君の怪獣討伐祝いだから。特に二人はどんどん頼んじゃってください。」
全員が着席すると社長はそう言いながらメニュー表を三人に配った。
店員を呼び、各々の希望するメニューを友子が代表して伝える。
「以上で?」
「平太郎。お前それだけでいいのか?」
隣に座る源三から耳打ちをされた。
「そ、それじゃあ。」
唆された平太郎は店員に直接、追加で一品注文する。
「ほかの方は何かありますか?」
「後で大丈夫です。」
社長が店員に答えた。
居酒屋の店員は注文を確認したのち厨房に入っていく。
メニュー表を片付けると友子が口を開いた。
「源三さん知ってますか?平太郎君。一人で怪獣倒したんですよ?」
「ああ。あの後無事に倒せたみたいだな。」
源三は少し嬉しそうに隣を向いた。
「まあ。うん。」
「ええ?!知ってたんですか?もしかして社長が伝えたとか?」
友子の問いに社長は首を横に振る。
「なんてったって、俺が平太郎に免許登録するように言ったんだからな。」
源三はどこか自慢げに語った。
「あれ、源ちゃんの入れ知恵だったの?」
「そりゃー。平太郎が会社の大人にメカ乗ることを反対されているって俺の病室に泣きついてきたんですから。」
「お、おい!泣いてなんかない。」
源三に赤裸々に話されて恥ずかしくなる。
「そうだっけか?なんか泣いているような感じがしたが...。」
「それは!...怪我の具合が心配だったからだよ。そこまで言わせるな...。」
顔を赤く染める平太郎は必死に弁明する。
恥ずかしさのあまり発した言葉は尻すぼみに小さくなっていった。
「悪い悪い。」
源三の適当な謝りを渋々受け入れる。
「なんか悪いことをしたね。」
斜め前を見ると社長が深刻な表情を浮かべていた。
「そんなことないですよ!きっと、誰だって子供がメカに乗ろうとしたら反対すると思います。そこら辺、じいちゃんがおかしいだけです。」
そう。別のどの会社だろうと自分のような中学生がメカに乗ろうとすればそれを却下するだろう。
それが多分、大人としての正しい行動なのだ。
だから、当然のことをしただけの社長には負い目や罪悪感を感じてほしくはなかった。
「まあいいじゃないですか!俺も退院できた訳だし、平太郎も怪獣を一人で倒せた訳なんだろ?」
「うん。」
「それに最後の最後は社長が出撃の許可を出したんだろうし。結果良ければ全て良し!ってことで。乾杯しましょう。」
源三がお冷を手に持つ。
今日は帰りが早くなるので誰も酒類は頼まなかったようだった。
それぞれも冷水の入ったコップを手に持つ。
「それじゃあ乾杯!」
四人の盃が机の真ん中で音を立てて交わされた。
次第に料理も運ばれて会話も徐々に弾みだす。
「やっぱ、味があるってこういうのだよな。」
焼き鳥をこれでもか、というほど頬張る源三を見て思わず笑ってしまう。
源三のいない日常に慣れたような気がしていた。しかし、彼のいない日々よりも彼がいる日々の方が確かに色鮮やかに平太郎の目には写るのであった。
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