第34話 夕の食

 風呂を上がるとリビングのテーブルの上には食器が並んでいた。


 大きめなスープボウルの中にはポトフが入っている。


「冷蔵庫に入っていたものでスープ作ってみました。」


 とても具だくさん。


 他には白米とちょっとした炒め物があった。


「美味しそうですね。」


「そう?ありがとう。」


 床に座って手を合わせる。


「頂きます。」


「召し上がれ。」


 スプーンと箸が手元に置いてある。


 底の深い器を持ち上げ、ほんのり油の漂う黄金色のスープを一口飲む。


「美味しいです。」


「それは良かった。」


 優しい野菜の甘味と肉から溶け出した出汁が程よい塩味で一つになって口の中に広がる。


 久々の手料理。同じ料理なのに自家の味とは違う不思議な感覚。


 もう一口、口に入れて米を搔き込む。


 風呂上がりなのに汗をかいてしまいそうだ。


 スプーンを使ってスープボウルの中を覗いてみる。


 じゃがいも、人参、大根にゴボウ。キャベツに玉葱、白菜。本当に何でも入っている。肉類はウインナーとベーコンのようだ。


 それらを掬ってはお米を食べ、また口に入れてはお米を食べた。



 時刻が八時を回る前に食器の上のものは全てなくなり、徐々に皿は片付けられている。


「手伝いましょうか?」


「大丈夫よ。食洗機で全部やっちゃうから。」


「なるほど。」


 キッチンから食洗機の稼働する音が聞え、友子が戻ってきた。


「アニメの続きでも見る?」


「いえ。大丈夫です。」


「そう?それなら...。」


 彼女はテレビの下の棚を探る。


「トランプでもしようか。」


「それなら。...はい。」


「決まり!」


 そう言うとトランプを床に一枚ずつ並べていく。


「何するんですか?」


「神経衰弱!」


 二人はそれで盛り上がり、床に就く夜の十時までひたすらにカードをめくった。



 友子は寝室で平太郎はリビングで横になる。


 源三との二人暮らしよりも充実感があると思ってしまい後ろめたい気持ちになる。


 まさか寝るまで人と話したり遊んだりする事がここまで楽しいことだとは知らなかった。


 源三が退院したら家の中でも少しは話しをしてもいいかもしれないと心の中で思うのであった。


 

 翌日。


 窓側から流れる冷ややかな空気で目を覚ます。


 キッチンには友子が立っていて何かをつくっている。


「お、おはようございます。」


「あ。起きたー?」


「はい。」


 パンの焼ける香ばしい匂いがほのかにする。


 朝はお米派の平太郎にはなじみのない香り。


「さっ。朝食にしよう。」


 二枚のプレートをテーブルの上に置く。


 くし形切りのトマトとレタス。目玉焼きとトーストが載ったお皿。


「顔洗ってくる?」


「それじゃあ...はい。」


 少しして洗面所から戻ってきた彼が絨毯の上に座る。


「頂きます。」「頂きます。」


 朝食が済むと二人は会社に向かうため玄関を出た。


「お留守番しててもいいんだよ?」


「大丈夫です。行きます。」


 正直、他人の家に一日中いるというのは返って気を遣って疲れてしまいそうに感じた。


 なのでいつも通り会社に行くことにした。



 大通りに出た二人は歩道の端で数分間立っている。


「なんか待っているんですか?」


「うん。タクシーをね。」


「いつもそうして通勤しているんですか?」


「そうだね。電車の時もあるけど。」


 すると二人の前に乗用車が止まった。


「ありがとうございまーす。」


 そう言って彼女は車内に入っていった。


「知り合いなんですか?」


「ううん。タクシーさん」


 見るからにタクシーではない。


「どういうことなんでしょうか?」


「えーっと。車を持っている人がアプリで登録して誰でもタクシーみたいになれる的な感じのサービス?かな。もしかして日本にはなかった?」


「はい。定期的に来る無人の車ならありましたけど。」


「それって自動運転?進んでるねー日本。」


「...すいませんけど。行き先のほうを...。」


 友子が話していると、運転席の男性が振り返って申し訳なさそうに訊ねる。


「すいません、すいません。その『戦闘許可区』入口までお願い致します。」


「はい。わかりました。」


 車は東の海に向かって走り出す。

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