第21話:居酒屋「伽羅」(きゃら)

「いらっしゃい・・・」

「あれ、珍しい・・・祐ちゃん・・・女性ずれじゃん」


そう言ったのは、その店の大将。


「ああ、店で働いてもらってる子・・・沙都希さつきって言うんだ」

「カリスマ美容師 兼 俺の彼女」


「え・彼女?・・・いつの間に?」

「相手にしてるのは近所のおばちゃんだけかと思ったら」

「隅におけないね」

「綺麗なおネエさんだね・・・ああ〜あ、うらやましい〜・・・どこかの

鬼ばばあと大違い」


そう言いながら大将は厨房の向こうにいる奥さんらしき女性のほうを見た。

すると奥さんらしき女性が大将を睨んでいた。


「お〜っと怖い怖い」


なんとなくいつものパターンみたいだ。


「で?ビールでいい?」


「俺はビールでいい・・・」

「沙都希は?」


「祐と同じものでいい・・・」


「じゃあビールで・・・」


「ここの肉料理は最高なんだぜ・・・ちょっと他じゃ食えないな・・・」


「雰囲気いいね、このお店・・・よく来るの?」


「最近、来てなかったかな」


「あのさ、祐は・・・クラブとかガールズバーとか行かないの?」


「行かない・・・あんなところ金捨てに行くようなもんだし」

「みんな、おネエちゃん目的で行くんだろ?」

「俺、そういうの興味ないから・・・」


「そうなんだ・・・意外と真面目なんだね」


「意外とってなんだよ・・・意外とって・・・」


「まあ、今はもう乗らないけど、昔はバイクは好きだったけどな・・・」

「それで思い出したけど、ここの大将、もと暴走族・・・実は俺の先輩・・・」

「昔はみんな、やんちゃしてたんだよ・・・」


「俺のダチは昔はそんなやつばっかだったんだ・・・」

「だけど結局みんな、いい歳になってくると馬鹿やってることに飽きちゃう

んだよね」

「今はみんな真面目にやってるよ」


「へ〜そうなんだ・・・」


祐の話を聞いて沙都希は思い出したくない自分の過去のことを思い出していた。

あの時のことを思い出すと、今は幸せだと思った。

この幸せを沙都希は失いたくなかった。


沙都希があまりしゃべらなくなったので心配した祐が言った。


「どうした?沙都希・・・・」

「気分でも悪いのか?」


「そうじゃないけど・・・ちょっと昔のことを思い出しちゃって・・・」

「あんまり、いい思い出じゃないからね」


「そう・・・でもなにがあったかは俺は無理には聞かない・・・」

「昔は昔・・・今は今・・・今が沙都希にとってベストならいいんじゃないか?」

「ベストならね・・・」


「もし、そうじゃないなら沙都希の過去の暗い色を俺が明るい色に塗り替えて

やるよ」


「祐はブレないね・・・いつもそんな感じ?」


「俺は誰にも影響受けないし、誰かを干渉もしないから・・・」

「でも沙都希の言うことなら、なんでも聞いちゃうかもな」

「男は女の尻に尻に敷かれてるのが平和でいいんだよ」


「なに、それ?」


そう言って沙都希は笑った。


「そうそう笑顔笑顔・・・沙都希は笑った顔がめっちゃ素敵だよ」


祐と沙都希はビールとハイボールと日本酒を飲んで美味しい肉料理を堪能して

いい気分で店を出た。


時刻は11時を過ぎていた。


ふたりは、ほろ酔いのまま、足を止めて、お互いを見つめあった。

薄暗い路地にふたりの影が重なった。

今度はいきなりのキスじゃなかった。


つづく。

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