第27話 子爵夫妻の心情
フィネル子爵は、不機嫌な様子で
「そちらとの婚約はヨハン殿有責で破棄するつもりだ。」
ヨハンは改めて自分の態度がエミリアと家族の中を引き裂いてしまったこととエミリアを傷つけた事、アイラが流した噂の事を詫びた。
そのうえで、エミリアと結婚すると報告した。
「エミリア様が私との結婚を承諾してくださいました。」
「何を勝手な!あれほど嫌がっていながら、いざ破棄にしようとしたら結婚だと?!ふざけるな。」
「それは申し訳ありません。ですが、彼女の仕事は順調ですので経済的には問題はありません。あなた方のおかげでただ可愛らしかっただけのエミリア様が金の卵を産む鳥となり、私だけの者になる。私は遊んで暮らせる、こんな幸せなことはありません。ご両親には感謝いたし・・・」
と言ったところで、ヨハンはエミリアの父に殴られた。
「許さん!金目当てでエミリアと結婚するだと?絶対に許さん、エミリアの目を覚まさせる!貴様、あれだけ嫌がっていたエミリアをどうやって騙したんだ!」
殴られたところをさすりながらヨハンは
「金目当てなのはフィネル子爵も同じではありませんか。」
と言った。
「なんだと?!」
「エミリア様がどれだけ嫌がっても自分の仕事の益になるからと婚約解消を認めなかった。あなたと私のどこに違いがあるのですか?」
フィネル子爵はそれを聞いて呆然とした。
思い至りもしなかった。しかしヨハンに言われて自分のしたことが最低であったと今更ながら気が付いた。
「・・・お前との結婚は絶対に認めん。」
「結構ですよ。認めてもらわなくてもエミリア様は私に惚れていますから、いくらでも貢いでくれるでしょう。二人であちらで幸せにやりますから。あなた方の話にエミリア様が耳を傾けることはないでしょうね、信頼を失ったのですから。」
フィネル子爵はぎりっと歯を食いしばる。
「・・・頼む。エミリアと別れてやってくれ。お願いだ。あの子の邪魔をしないでくれ、頑張っているのだろう?金なら・・・金が要るなら私がお前に払う。だからあの子を解放してくれ!頼む!」
驚いてそれを見ていた夫人も一緒に頭を下げて
「お願いします。エミリアと別れてください。」
涙ながらに訴えた。
「今更何ですか?私を遠ざけたら今度は自分たちがエミリア様にたかるつもりですか?」
「馬鹿な!私は娘の幸せを願っているだけだ!どんなことをしても娘は守る!」
ヨハンはほっと息を吐きだすと
「申し訳ありません。」
と頭を下げた。
「お金目当てなどと心にもないことを申しました。私はただ純粋にエミリア様をお慕いしているだけです。」
フィネル子爵夫妻はいぶかし気にヨハンを見る。
「私はあちらで弁護士をしておりまして、顧客には貴族の方々も多く、かなりの利益を上げております。社会的にも信頼を得ておりましてエミリア様から搾取するなど考えたこともありません。」
「あんなことを言われて信じられるわけはないだろう。」
「あれはあなた方の本音を聞きたかったからです。本当にあなた方がエミリア様を家のための駒にしか考えていないのなら、二度と会わせることなく私が一生守ろうと思っていました。」
「そんな勝手な・・・お前との結婚が嫌で家出したではないか。」
フィネル子爵は疲れたように力なくそう言った。
「申し訳ありません。ですがエミリア様は仕事を通して私を信頼してくださいました。あちらで事業を立ち上げ、異国の地で一人であそこまで成し遂げるなんて並大抵ではありません。尊敬していたフィネル子爵の背中を見て育ち、そのおかげもあると。」
「エ、エミリアが?」
「もともとは私が悪いのは重々承知しております。ですが、エミリア様の家出の本当の原因は、尊敬し信頼していた父からの仕打ちに傷つき、失望したからだったそうです。」
「そんな・・・」
「エミリア様はもう二度と家に戻るつもりはない。平民としてレイノー国で私と結婚すると言って下さいました。」
夫妻はショックを受け、顔色を悪くした。
本来は、出過ぎた事かもしれないとヨハンは思ったが、今回の事態を引き起こすきっかけになったのは自分だ。修復するのも自分の責任だと思ってやってきた。両親の本心を聞きたくて、言いたくもない暴言で本音を引き出した。
「ですが本当は、エミリア様はご両親の事を愛しております。愛するお二人に愛されていなかった・・・それが辛くて一人で生きていくことを選ばれたのです。」
「愛していないなどと・・そんなはずないではありませんか!」
母親がたまらず声をあげる。
「ええ、先ほど心の内を聞かせていただきました。しかしエミリア様はそうは思っていないのです。私は異国の地で、必死で自分の足で立っているエミリア様をお支えしたい。平民になっても、家族と離れてでもエミリア様と生涯をともにしたいと思っております。どうか・・お許しください。」
歯を食いしばったような顔をして子爵は
「エミリアは・・・もう私たちの事を軽蔑して会いたくもないのだろうな・・・」
「・・・それはわかりません。」
「ヨハン様、貴方が帰る時にご一緒させてもらえませんか?」
子爵夫人が涙をこぼしながらヨハンに縋る。
「・・・ヨハン殿、私からもお願いします。私はやっと自分の愚かさに気が付きました、ヨハン殿のおかげです。エミリアに謝りたいのです。」
「フィネル子爵・・・」
ヨハンは思い切って来てよかったと思った。
エミリアに内緒で来てしまったことで怒られるかもしれないが、自分が引き裂いてしまった親子の絆をまた取り戻したかった。
そうして、ヨハンはフィネル子爵夫妻をともなって帰ってきたのだ。
真摯に謝ってくれる両親を見て、自分の心の中に巣くっていた冷たい塊が溶けていくようだった。
完全に許し合えたわけではないが、少なくとも両親に嫌われていなかったという事実はエミリアの心を慰めた。
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