第14話 え? どうして?

 今日、エミリアは二人の女性の通訳と観光案内をしていた。

 一人は年配の女性で、もう一人はエミリアよりも少し上くらいの女性。もちろん、貴族の婦女子なので侍女と護衛もついている。

 叔母と姪の関係で二人ともレイノー国に来るのは初めてだという。

「お友達からエミリアさんの評判を聞きましたのよ。レイノー国に行くなら絶対に頼んだ方がいいと。」

「光栄ですわ!今日はよろしくお願いいたします。」

 奇麗な所作でお辞儀するエミリアを年配の方の女性が見つめている。


「では出発いたします。本日は一番見どころの青の泉からめぐりたいと思います。」

 エミリアは森や湖を案内した後、地元の美味しい食事を提供した。そこから歴史ある教会や旧市街、など散策。最後は、海を一望できる高台の歴史的建物を利用した趣のあるカフェでレイノー国最後の思い出を作ってもらった。

 カフェでは客とは別のテーブルに護衛のディックと座っていたが、

「エミリアさんたち、ご一緒しません?」

 そう声をかけられる。 

「本当に今日は楽しかったわ。あなたが通訳してくれるから何の心配もいらなかったし、有名どころ以外もいろいろ紹介してくださって来てよかった。もう少しお話がしたいのだけれど駄目かしら?」

「いえ、ありがとうございます!」

 エミリアはテーブルを移動した。

「エミリアさんは所作がとてもきれいだけれど、貴族のご令嬢ではないのかしら?」

「いえ。平民でございますが、縁があり、貴族様に後援していただいておりますので。そのせいではないでしょうか。」

「あら・・・そうなの?家名はないのかしら?」

「はい。エミリアという名のみでございます。」

 年配の方の女性が特に根堀葉堀聞いて来ようとする。

「エミリアさんは、その護衛の方と・・・婚約関係など結んでおられるのですか?」

「まあ、そう見えますか。」

 一度は笑って見せて

「これは企業秘密でございます。」

 と、冗談めかして返事をぼやかした。

 客の中には、善意で見合い話を持って来ようとする者もいるが、何か問題がおこれば困る。護衛とは何かあると思わせておく方が安全だろうと、そういうことにしている。


「エミリアさんはアルテオ国の出身なんでしょう?いずれ戻られるの?」

「こちらでのお仕事がとても楽しくて、今のところは帰る気はありませんね。もっとたくさんレイノー国にはいいところがあるし、自分も回りたいと思っていますし、それを皆さんにご紹介したいですし。」

 キラキラとした瞳で笑うエミリアを見て二人の客も笑顔になる。

「母国に心残りはないのかしら。」

「はい。もう両親もおりませんし、兄と友人がいますけど・・・休みには会いに行けますし未練はありませんよ。」

 エミリアは、異国の地で寂しくないのかと心配してくれていると思い、精一杯未練がないことをアピールした。特に両親などいないものとして扱ってもいいかなあ、くらいに思っている。

「そ、そう。帰国したら皆様に広めておきますわ。」

「ありがとうございます!」

 そう言って、二人の客は機嫌よく帰っていった。


「不思議な客だったね。ちょっとエミリアの個人的な事聞きすぎて怪しい気がしたけど。」

「そうね。十分注意をしているつもりだけれど。お客さんが増えるといろんなトラブルや困りごとが増えそうね。もう少し事務や専門スタッフが必要かもしれないわ。」

 そう思っているうちに恐れているトラブルが発生した。


 エミリアの案内で森を散策中、コースを外れないでと言っているにもかかわらず、勝手にコースを外れて怪我をした旅行客からクレームが付き、賠償金を請求された。

 自己責任の範囲だとエミリアは思ったが、侯爵に相談の上、今回は賠償金を支払う事となり、かなり悔しい思いをした。

 これから商売を広げようとするときに、おかしな客に悪評を広められるとうまくいくものも潰されてしまうからと侯爵はアドバイスを下さったのだ。

 エミリアは、やはりトラブルや法に詳しい事務スタッフを雇わなければならないと切実に思ったが、そのような専門スタッフは雇用料も高額で、簡単に募集は出来なかった。しかしトラブルが続いては事務所自体が立ち行かなくなるかもしれない。


 仕方なく商業ギルドに従業員募集の依頼を出した。ギルドからは、法律に詳しく、トラブルに対処できる者の求人の割に雇用料が安価のため難しいだろうと言われた。

 がっかりしてエミリアは、今後をどうするか悩んでいたが以外にもすぐに応募があった。

 そして今日は面接の日だった。

 事務所でディックとともにドキドキして応募者の到着を待つ。


 ドアが開いて、一人の男の顔を見てエミリアは唖然として言葉がでなかった。

「ヨハン・バランドと申します。一生懸命働きますのでどうか雇っていただけませんか?おねがいします!」

 元婚約者が深く頭を下げた。

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