第3話 両親はわかってくれない

翌日エミリアが貴族学院から帰宅しようと馬車止めに向かったとき、その前に婚約者のヨハンが立っていた。

 内心ため息をついたが、仕方がなく挨拶をした。

「お会いできてよかった!昨日は失礼いたしました。今日は昨日の顔合わせのお詫びにお誘いに参りました。」

 まるでとびっきり良い提案をしたかのようにキラキラした表情だ。

(この人は馬鹿なのかな?)

 心でそっと思った。

 何の約束も先ぶれもなく貴族子女を学校の帰り道に誘うなど、心を通わせている相手ならともかく応じるわけがない。

「ありがとうございます。しかし寄り道は禁じられておりますし、突然言われても困りますわ。それでは失礼いたします。」

「で、では!これからお邪魔させていただけませんか?」

「・・・。」

 エミリアの冷ややかな表情にヨハンは悪手だと悟ったようですぐに撤回をした。

「いえ、すいません。勝手なことを言って申し訳ありません。ですが・・・最近エミリア様との距離が離れてしまったようで心配で・・・」

「・・・わたくしのせいでしょうか?次回の顔合わせも期待しておりません。ですから中止にいたしましょう。」

「そんな!私は楽しみにしております!」

「いつもいつも前日に約束を反故にされては、こちらの予定が狂ってしまうのです。初めから日が空いていれば有意義に過ごせますのに。申し訳ありませんが、顔合わせ日の約束は私の負担と迷惑にしかなっておりません。」

「・・・申し訳ありません・・・。でも私はエミリア様とこれからも良き関係を続けたいのです。ですから次回こそは!」

「またお手紙を差し上げますわ。遅くなりますので失礼いたします。」

 エミリアはさっさと馬車に乗り込んだ。

 残されたヨハンはうなだれて、馬車を見送るだけだった。


 そしてそのようなことが数回。

 寄り道はしたくないと言っても、じゃあ顔を見て少し話すだけでもと待ち伏せされる。ちょっと怖いくらいだ。


「ああ、もうなんなの?気持ち悪い!やめて欲しい~。」

 自室だから少々の品のなさは許してほしい。

 ベッドにどおっと倒れ込む。

 一体何なのだろうか。婚約者との約束を反故にしてまで他の女性との逢瀬を優先する癖に、なぜまとわりつくの?本当、怖くなってくる。

「さっさと婚約解消の手紙をお父様に書いていただきたいわ。」

 しかし、きっとまた様子を見ようと言い出すのだろう。


 昔の父は、エミリアが仕事に興味を示すと色々と教えてくれて、将来は一緒に子爵家と事業を支えようと笑いあっていたのに、どんどん業績が上がり大きくなるにつれて仕事をするよりも仕事にメリットのある政略結婚するよう勧めてくるようになった。

 エミリアも貴族子女の務めとそれを受け入れたのだが、こんなことになっている今、力になって欲しかった・・・幾度も相談を持ちかけ、訴えても聞く耳を持ってもらえなかった。


 もし、今度また相手にされなければエミリアには考えがあった。家に悪評が立っても、自分の名に傷がついてもいい。

 大切なのは今の自分の心の平安。

 とにかく不誠実でこちらに不信感(プラス恐怖)しか抱かせない婚約者と縁を切りたい。毎回毎回、小さい棘ながら自分の心を傷つけ、それが重なり思ったよりも自分にダメージを与えていた。

自尊心を傷つけられ、自信がなくなり不安が強くなる日々から解放されたかった。

 

 父親に相談したが案の定、また様子を見なさいと諭された。

「そんなに、ヨハン様を気に入ってらっしゃるのなら養子にでもお迎えしてください。」

「そういうことを言っているのではない。お前のように何でも感情的に切り捨てず、物事の本質を見ろと言っているんだ。実際彼らがどんな関係なのかわからないのだろう?」

「でも、一度や二度ではないのです。わざわざ他の令嬢と出かけるために約束を反故するということはそちらが大事なのでしょう?それなら別に婚約継続する必要はないではありませんか。」

「まだ二人とも若いのだ、そういうこともあるだろう。これくらいの事が許せないならば結婚したらもっと苦労するぞ。」

「お父様・・・それは結婚しても不貞を許せと言うことですか?」

「そんなことは言っていない。不貞ではないと言っている。」

 父とは話が通じない気がする。母は父の言いなりだ。

「では、わたくしも婚約者がいる身で他の殿方と出歩き、親しくしても問題はないのですね。そのために急に約束を反故にしてよいのですね。」

「いい加減にしなさい!」

 パシッと頬に痛みが走った。

 思わず手を挙げた本人が驚いたようにエミリアに詫びた。

「す、すまん。お前が聞き分けがないから・・・」

「・・・。お父様の気持ちはわかりました。我が家に迷惑をかけないようにと・・・婚約解消をお願いしましたが結構です。失礼します。」

「待ちなさい!」

 世間体やバランド家との関係ばかり目を向けている父には、娘の心など気にすることもないのだろう。

 父にも選ばれなかった気がして悲しくなったが、初めからわかってもいた。だから、涙が溢れないように唇を噛みしめながら当初の予定通り荷物をまとめ始めた。


「ワクワクするわね~。」

 今日から住む部屋をぐるっと見渡す。

 シンプルな部屋だが、そこそこ広いし、何より明るくて奇麗。

 エミリアは学園の寮に来ていた。


 寮に入れないかと色々画策した。

 学園長と寮長にこの頃、誰かにつけられているようで怖いと相談した。学校の行き帰りが怖いので寮に入れないかというもの。身を守るために、安全に学園に通うために学園と同じ敷地で外部の者が無断で入ることが出来ない寮で過ごしたいと訴えた。 

 事情は納得してもらえたが、やはり入寮には両親の承諾は必要だと言われる。

 だから荷物をまとめてから承諾書を頼んだ。

 父は先日頬を叩いたことを謝ったが、そのことをエミリアはもう怒ってはいなかった。ただ、たんたんと取引材料として扱う。

 承諾書を書いてくれたら学校の寮に行く、書いてくれなければ家では父に暴力を振るわれるので助けて欲しいと逃げ込むと脅した。


 もう家族として、父として何も求めることも頼ることもないと心に強く決めたのだ。両親には何も期待しない。両親もエミリアには愛情ではなく、家のための有益な駒にしか思っていないのだから。

 言葉にしなくとも、なんとなく伝わったのだろう。両親とも複雑な表情を浮かべ、両親は承諾書を書いた。


 これで、わずらわしさから解放される。

 この期に及んでも父が納得しないせいで婚約解消には至らなかったが、今後の顔合わせはすべて遠慮すると手紙にしたため出してある。今後は手紙が来ても、うっかり水にぬらしたり無くしたり、ゴミに紛れ込んだりで読むこともないだろう。

 すがすがしい気分で明日からの学園生活を送れる。そして卒業すると同時に国を出ることに決めた。そのためにあと4ヶ月間、準備をしなければいけない。

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