私の婚約者はちょろいのか、バカなのか、優しいのか

れもんぴーる

第1話 プロローグ

「あれがエミリアの婚約者?」

「ええ。そうみたい。」


 私の婚約者は、王宮に官吏として勤めているヨハン・バランド。

 親に決められた相手と婚約して3年になる。あちら側から婚約の申し込みがあり、父が受け入れた縁談。

 子爵同士だが、バランド家は代々法曹界で活躍している。事業の関係で法曹界との縁を願っていた両親が望み、当人以外が喜んで結ばれた婚約。

 しかし互いに恩も借りもあるわけではない。だから無理してこの婚約を続ける必要は全くない。

 にも拘らず。私の婚約者は婚約解消に応じてくれない。こうして他の令嬢とデートしているというのに。


 婚約者がほかの令嬢とデートしている姿を私はそのカフェがよく見える隣の高い建物から眺めている。

「幼馴染なんだって。」

「ふ~ん。幼馴染ねぇ。本人がそう弁明したのか?」

「まさか、私には会っていること隠しているつもりだと思う。周りが親切めかしていろいろ耳に入れてくれるの。」

 親同士が決めた婚約だったが、まあまあうまくいっていた方だと思う。

 優しくて穏やかで話も合い、一緒にいて嫌な思いは一度もしたことがなかった。このまま絆を深めていけば、伴侶として一緒にやっていけそうだなとおもうくらいには好感を持っていた。

 しかしこの五カ月ほど急に彼の様子が変わった。

 定例の顔合わせを中止することが増えた、しかもほとんどがその前日になって連絡してくる。

 かわりに他の令嬢と食事に行ったり、観劇に出かけていたりしているらしい。口元の笑いを隠しきれぬまま心配そうに教えてくれる人達がいる。

 好感は持っていたが政略結婚する相手としてはということで、エミリア自身はこの婚約にそれほど執着もなく、それならば婚約解消した方がお互いのためと一度申し出たがそれは受け入れられなかった。


「悲しいの?」

「悲しくはないけどもう五ヶ月間ずっとよ。・・・義理を通さないというか、誠実さに欠ける彼が許せないって感じかな。それに何とも思っていない相手であっても、「選ばれなかった」事にちょっとは傷つくもの。」

「相手の見る目がないだけさ。選ばれなかったなんて思う必要ないよ。」

「じゃあ、ここに可愛いワンちゃんがいるとします。私とヴィンセントが同時に呼んで、私の方にワンちゃんが来たら?」

「・・・地味に悔しいね。」

「そういうことなの。どうでもいいけど傷つく、みたいな。それがまた頭に来るの。だからもう婚約を解消すればいいと思うのだけど、受け入れてくれないの。」

「しかし不誠実な男だな。他に好きな相手がいるならさっさと婚約を取りやめればいいのに。奴にとってこの婚約にはメリットがあるのか?」

「ないと思う。」

「君のこと愛しているとか。」

「こんなことしているのに?」

「う~ん、じゃあ所有欲かな。でも自分は不貞するけどね、みたいな。」

「ええ~、最低じゃない。」

 そういってまた窓の外に視線を落とし、カフェを楽しむ二人の姿を見る。


「あ、きたきた。ほら、美味しそうだよ。甘いもの食べてちょっと気分転換しようよ。」

 ここは最近できた美味しいケーキが売りの店だ。新鮮なミルクから作った生クリームと果物をたっぷり使っており、甘いが軽いと評判なのだ。

 予約をしないとなかなか入れず、一応婚約者を誘うつもりで、ずいぶん前に予約をしておいたのだ。しかし、案の定都合が悪いと連絡があった。

 やっととれた予約を無駄にはしたくないと兄同然のヴィンセントに付き合ってもらった。

 窓際の席に案内されて喜んだのもつかの間、窓の外の景色をワクワクして見渡した途端、婚約者を見つけてしまうとはついていない。


「はいはい、機嫌治して。ほら。」

 ヴィンセントはまず自分の新鮮なオレンジをたっぷり使ったオレンジショートケーキをフォークで一口大にカットすると、エミリアの口元に差し出した。

 エミリアは躊躇いなくそれを口に入れた後、しまったという顔をして

「ごめんなさい、つい条件反射で。」

 昔は良くこうして食べさせてもらっていた。幼い時、ヴィンセントの事情で数年一緒に暮らしていたことがあり、兄弟のようにして育ったのだ。

 エミリアはお菓子が大好きで、いつもヴィンセントに一口、酷い時は三口くらいねだってもらっていた。

 そんな兄同然のヴィンセントなのに婚約者が出来てからは婚約者に気を遣い、会うことを遠慮していた。しかし、相手はそんな配慮をするどころか幼馴染の方を優先するようになった。

 だからエミリアも遠慮することなどなかった、と付き合いを再開することにした。

 そもそも今日の約束をまた突然反故にされて、文句を言われる筋合いはないと思うくらいには怒っていた。


「俺の方こそ悪かった、妹の意識が抜けずについ無意識でやってしまった。」

「一応は婚約者のいる身だから、疑われるようなことは控えなくちゃ。」

「そうだな。自分のことを棚に上げて言いがかりをつけられる可能性もある。」

「そうね。次からはお兄様も誘いましょう。」

「ああ、いいね。ユーロとも会いたいし。」

 その後も昔話に花が咲き、久しぶりにとても楽しい時間を過ごして、心の曇りを少し晴らすことができた。

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