Sixth Chronus gear         時の代行者

 冷たい風が、屋上のフェンスを激しく揺らす。周囲をコンクリートと金属で囲まれた学校の屋上は、どうしても寒い冬をより冷たく感じさせる。

 

そこにいるのは一人の少年。少女の亡骸。



少年は抱えていた少女を優しく入口付近の壁際に寝かせる。

そしてフッと薄く微笑むとすぐさま強い意志の感じられる瞳で虚空をキッと睨みつける。そのままフェンスに向かってゆっくりと歩を進める。

一歩、二歩、三歩……。

落下防止用のフェンスにあと数歩で触ることのできる距離まで歩くと、少年は手に持った刀をコンクリートに突き刺す。


「……告げる」

 厳かに、少年は言霊を紡いでいく。

「我は時を操り、この世界を変えるもの」

 言葉はまるで少年の口を借りた何者かが紡いでいるように澱みなく出る。


「この罪を我は背負う。


それが対価なら我は喜んで時の狭間


無限の歯車に抱かれ


永久の果てまで夢さえ見ない眠りにつこう」


知らず知らずに言霊に力が籠もる。

そしてそこまで紡いだ瞬間、背後に人の気配を感じ、バッと振り向く。

そこにはボロボロの白いスーツを着た四十代の男が立っていた。

「なにしに来た、時の代行者」

「クッまさかその名で呼ばれるとは。まあいい。私はただ確認しに来ただけだ。お前がこれから行おうとしていることの意味をしっかりと理解しているかどうかを」

「ああ、もちろんだ」

 少年の声には意志の色が薄い。まるで淡々と当たり前な物事を語るかのような雰囲気だった。

「お前は今から大罪を犯そうとしている」

「ああ、知っている。それに言っただろ? その罪を背負うと」

時の代行者は瞳を閉じ、ゆっくりと頭を振る。

「すまない、愚問だったな。ならば質問を変えよう。何故、赤の他人のためにそこまでする?」

「好きなのだから当然だろ?」

 時の代行者の問いに、少年は不敵に笑いながら答えた。

「本当に、本当にそれだけが理由なのか?」

 時の代行者は、少年の瞳が一瞬ぶれたことを見逃さなかった。

 ゆっくりと、迷子のような声で少年は呟く。

「……嫌なのさ。彼女のいない世界で生きるのが。わかっていたのに、俺は彼女を助けられなかった。俺はきっとその現実に耐えられない」

「そう……か。ならば私がこれ以上言うことはないな」

 その言葉を最後に時の代行者は光の粒子となって消える。

あとに残ったのは決意に満ちた少年のみ。


 世界はその色を変える。


 少年を中心に暴風が渦を巻くようにして吹き荒れる。それでも少年は微動だにしない。

彼の瞳が変化する。そして最後の言霊を紡ぎ切った。


「我が望みのために、世界よ。契約を執行する」

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