第26話 バット・クアノ
人類至上派がさらなる狂気に踏み入れようとしている中、それを知らないエルたちは当初の目的通り、さらなる大迷宮の奥地へと足を踏み入れていた。次の階層はヒカリゴケで基本的に照明入らずの大迷宮に取って異例なほど暗い階層だった。
それは理由は明白。天井に無数のコウモリが張り付いていたからだ。あまりにも多量のコウモリによって、天井からの光源が遮られているのだ。キィキィと天井にぶら下がっているコウモリを見上げて、エルたちは思わずうわぁ、となる。
《うわぁ……。コウモリ多すぎィ!!》
《気味悪い、というか気色悪いなぁ。》
《コウモリたちが邪魔で薄暗くてよー見えんぞ。もっと光を!》
「ちょっと待っていて下さい、竜様。今松明を……。」
『いや!松明はダメだ!光を放つ魔術はあるか!?』
とっさにエルは彼女に松明をつけるのを静止させる。不思議に思いながらユリアはそれに従って、レイアの手にする6フィートの棒に光魔術をかけて光源とする。
そして、その床を光で見てみると、そこは茶色やら白やら色々な物体が硬質化……化石化したもので床一面が分厚く覆われているのだ。
本来の石床が見えないほどびっしりと分厚く結晶化しているそれを見て、エルは思わず驚きの声を上げる。
『これは……まさか!?』
《?なにめっちゃ動揺してるの?》
《うえっ、床のあれってコウモリの糞か?エンガチョですわ~。》
やべぇ、とエルはコメントを見ながら思った。彼らには理解できないだろうが、これがこの情報社会に広まると非常に危険な事になるのだ。
小型化したエルはこっそりとピクシーの後ろに回り込むと、魔導カメラのスイッチに手をかける。
『あ~っごめんね~。ちょっと通信の具合が悪いっぽいから一旦切るわ~。ごめんねごめんね~。』
わざとらしく声を上げると、エルはそのまま迷いなくカメラのスイッチをオフにする。まさか以前に覚えたカメラのスイッチの位置がこんなところで役に立つとは……。と思いながら、通信をオフにしたエルは感じ入る。
《あっ、てめぇ!!ちょっとまっ……。》
当然、配信もオフになった以上、コメントもオフになる。彼らからしたらもうここは見られない状況である。ふーと、エルは額を拭う仕草をしながら張り付いていた魔導カメラから降りて、しゅたっ、と地面に降りる。
「あ……。あの竜様。いきなりカメラを切るということは……。これがそんなに脅威なんですか?このただのコウモリの大群とその排泄物で覆われた床が?」
おずおずと気弱なレイアはエルに対して恐る恐る訪ねてくる。
確かにそれは当然である。なぜたかがこんな大量のコウモリ程度にこんなにムキになって配信を切るほどの脅威を感じているのか。普通の人間である彼女たちには、それが理解できなかった。
『うん、これはね。もしかしたらその辺の財宝よりも遥かに価値のある財宝に化ける……かもしれない代物だ。
これは、『バット・グアノ』大量の火薬製造の原料、あるいは肥料の原料になっているまさに自然が作り出した宝の山だ。』
洞窟内に生息するコウモリの糞・体毛、洞窟内の生物の死骸が堆積して化石化したものをバット・グアノと呼ぶ。
普通、バットグアノはそんなに量はないはずであるが、この大迷宮では大量のコウモリによる長年の蓄積のため、この階層一面には極めて大量のバットクアノが存在する。
これら大量のグアノは、近代化学工業、化学肥料の貴重な材料になり、また火薬の原料にもなる代物だ。
火薬の原料になる物質が大量に階層を埋め尽くしている、と知られれば、凄まじい勢いで冒険者たちが大迷宮に群がってくるだろう。
最後の視聴者の反応からして、大量のコウモリの糞が火薬の原料になるとは、この情報化社会でも伝わっていないだろうが油断はならない。
何としてもここを確保して、火薬と大量の銃火器を生産して自分たちの手にいれなければならない。(もちろんそのための戦力も)
この世界では情報化のみが急激に進んでいるので、銃の開発技術はそれなりに進んでいるだろう。だが重要なのはそこではない。
極めて大量、長い年月を過ぎて積み重なったコウモリのフンと、大量のコウモリの死体の化石化。つまり、極めて大量の硝石がここには眠っている事になる。
つまり、この階層は火薬の原料が大量に眠っているまさに宝の山そのものである。
銃を大量生産し、こちらを慕う村人たちに銃火器を持たせ訓練を行う。これだけで彼を守る私兵を大量に産み出せる。
さらに、グアノは非常に役に立つ点としては、近代化学工業(化学肥料)には欠かせない、肥料の資源として利用される点だ。
これだけのグアノがあれば、肥料には困らないだろう。
つまり、この階層はエルにとってまさに宝の山と言える。
ふっふっふ、と笑うエルを見て、彼女たちは不思議そうにするが、とりあえずそれは、取らぬ狸の皮算用でしかない。
「それで……。これを竜様はどうするつもりなんですか?」
『簡単に言うと、辺境伯に売り払う。辺境伯にとっても火薬の原料になるこれだけの量のグアノは喉から手が出るほどほしいだろう。
辺境伯が大量に銃を作ってくれれば、それはこちらを守ってくれる武器にもなりうるからな。』
もっとも、逆にいえば辺境伯が多量の銃の力を持ってこちらに襲い掛かってくる可能性もある……がそれは非常に小さいだろう、と彼は踏んでいる。
それよりこちらとしっかり共闘戦線を結んでいきたい、というのが彼の考えである。
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