第16話 水の罠

 所は変わって大迷宮内部、さらに奥深く進んでいるエルたちは、ぎちぎちと奇妙な音を立てる存在がこちらに近づいているのに気づく。

 それは一匹だけではない。恐らくは二、三匹同時にこちらへと近づいてくるのだ。

 どこからどう見てもまともな存在ではないことは明らかだ。

 それは、巨大なアリそのものだった。その巨大なアリが十匹こちらへと近づいてきているのである。


 アリが巨大化したと言ってもそれは侮れる存在ではない。

 グンタイアリがライオンや人間に襲い掛かってくるのは有名な話である。

 そんな物が巨大化して数十匹と襲い掛かってくれば人間などたちまち肉団子である。

 だが、アリたちは対抗するのは人間ではない。強靭なドラゴンである。


『グガァアアアアア!!』


 アリであるため竜の咆哮は効かないが、それでも物理的攻撃は十分に通じる。

 群がってくるアリの横顔に鉤爪の横凪の一撃を叩き込み、そのまま数体顔面ごと粉砕する。だが、体液をまき散らしながら頭部を失っても、それでもなお動いている生命力は大したものである。

 アリたちは不利と感じたが、腹部から蟻酸を吹きかけてエルに対して攻撃を仕掛ける。蟻酸はエルの鱗に降りかかるが、シュウウという音と共に煙を立てるがドラゴンの鱗はその程度では小揺るぎもしない。

 竜の鱗から構築されたドラゴンスケイルは最強の鎧の一つとも言える。そのままエルは爪で巨大アリを薙ぎ払い、叩き潰していく。

 残ったアリは必死になってエルに噛みついてくるが、それも鱗をかみ砕けるほどの力はない。躊躇いなく噛みついて巨大アリの肉体をそのまま両断してかみ砕く。


『ぐぇー。酸っぱい。アリは食用になるとはいうけど、あんまり好んで食べるものじゃないよなぁ。さすがにミツツボアリみたく上手いことはいかなかったかぁ。蜜を大量に蓄えていたアリだったらこちらも嬉しかったんだけどなぁ。』


 まぁ……食えないこともないか……と渋々エルはアリの肉体を齧ろうとするがやっぱり無理して食べるほどではないか……。と考え直す。


 そして、次の階層に進んでいくエルとユリアたちだったが、とある部屋へと出くわしてしまう。6フィート棒であちこちを叩きながら慎重に部屋内部を探り出そうとするレイアだが、いきなり天井の一部の板がスライドして、魔導技術で作り上げられた機械式の魔導砲台が姿を現す。


「えっ!?天井!?」


『アカン!!下がって!!』


 とっさにエルは石壁を生み出して盾を代わりにする。そんな彼らに対して魔導砲台は射出口を向けると魔力で作られたレーザーを次々と射出していく。

 バシュバシュ!と大気を引き出しながら射出されるレーザーは石壁によって弾き返される。ユリアも弓を放つが、それらは全て弾き返されてしまい、レイアのクロスボウも放たれるがいまいち命中精度が悪く天井の別の場所へと突き刺さる。


『クソー。まさかこう来るとは。我が飛んで叩き落すか?』


《いやいや、やめとけよ。どこからどう見てもいい的じゃん。》

《ドラゴンくん!君のブレス攻撃はどうしたのかね!!》


『ブレスなんてそうそう放てないから切り札にとっておきたいんだよ!!あれに放ったら次何かあったら対応できなくなるし……。』


 まさか、遠距離戦に比較的弱いとか予想外の弱点があるとは、とエルは石壁に隠れて魔導砲台の攻撃を凌ぎながら考え込む。

 ユリアも魔法戦士である以上攻撃魔術はあるのだろうが、そんなに連発はできないだろうから同じように切り札としてとっておきたい。

 巨大化したまま飛んで爪の一撃で叩き壊すのが最適なのだろうが、いかに竜の鱗だろうが魔術レーザーでどれほど防げるか分からないのであまりやりたくない。


『ええい!こうなったら我はこの部屋に逃げるぜ!!お前たちもついてくるがいい!!』


「あっ竜様!!その部屋はまだ罠感知や罠解除がまだ……!!」


 エルがユリアたちが飛び込んだ瞬間、出入り口がいきなり上からスライドしてきた壁に塞がれ、完全に密室になる。そして、次の瞬間、壁の一部がスライドしてそこから大量の水が溢れ出してくる。これは、どこからどう見ても彼らを溺れ死にさせようという罠そのものである。その罠の中にエルたちはまんまと飛び込んでしまったのである。(あの魔導砲台も、この部屋に追い込むための罠なのだろう)


『……あれ?もしかして、我何かやっちゃいました?』


 こてん、と小首を傾げながら水がどんどん足元まで迫ってくる中、可愛く言うエルに視聴者たちからの批判の声が殺到する。


《おぃいいいいい!!クソ爬虫類がぁああああ!!》

《どうすんだよこれ!!俺たちユリアちゃんの水死体とか見たくないぞ!!》

《どうにかしたまえドラゴンくん!可及的速やかに!!》


 好き勝手言ってくる向こうの言葉に対して、エルはやけくそのように叫ぶ。


『あーもう分かった分かった!!何とかすればいいんだろ!!《石壁作成》!!」


 エルはいつものように石壁を水が噴き出してくる排水口を塞ぐようにして作り出す。当然水であるため、完全に防ぐことはできないが、それでも流れ込んでくる水の量は堰き止められる事によってかなり少なくなっている。


『《石壁作成》!《石壁作成》!もいっちょ《石壁作成》!」


 さらにその排水口の左右、そしてその上も石壁作成によって塞ぐ事によって、流れ込んでくる水を堰き止め、水量は大幅に少なくなる。

 それは部屋が水で埋め尽くされるための時間を大きく稼げたということである。

 それだけ時間が稼げれば脱出する手段もあるというものである。


『うおおおお!食らえ!《石を土に》!これで石の壁を土に変えて突き破って華麗に脱出!!ふっ、さすが我だな!!オラァ!!』


 そして、次にシャッターかわりに下りてきた通路を塞いでいた石壁を、いつもと逆と石を土に変える魔術を使って通路を塞いでいる石壁に土に変えて体当たりでそれを突破する。

 水が外へと溢れてきているが、そんなことは知ったことではない。

 水没されなかっただけでも幸いというべきだろう。元の姿から小型化したエルは、ぶるるると犬みたいに全身を震わせて水滴を弾き飛ばす。


「わっ、竜様水が飛んでしまいます。ええと、タオルか何かで体を拭かないと……。」


 そう言いながらユリアは自分の荷物をごそごそと漁りだすが、彼女の体にもかなりの水がかかっており、服がいわゆる水透けになっているのをばっちり映し出せて、それを見て、コメントは一気に盛り上がる。


《来たぁあああああああああああ!!》

《祭りじゃ祭り!!》

《偉いぞドラゴン!!百万年無税!!》

《竜に税を払わせるなww》


 そんなコメントの嵐を見て、あーこりゃあかんな、と判断したエルは無理矢理ピクシーの持つ魔導カメラを自分の方へと


『よし分かった。これなら文句あるまい。』


 小型化したエルは魔導カメラと向きあいになり、水で服が透けたユリアたちを隠すために、自分の顔のドアップを配信するが、それを見て、コメントから大不評が一斉に飛んでくる。


《ドラゴンンンン!!お前は呼んでねぇえええ!!服透けのユリアちゃんを見せろぉおお!!》

《クソッ!!保護者顔しやがってこの爬虫類!!》

《お排泄物ですわ~!!どうせチラチラ見てんだろオラッ!!》

《みーせーろ!みーせーろ!》


 ええいやかましいわい、と思いながら、魔導カメラに張り付きながら、エルはユリアたちに火を起こして服を乾かせ、とジェスチャーを送り、顔を赤くしている彼女たちは魔術で火をおこし始めた。

 その間に、ええとこれか?とエルはカメラのスイッチを切って配信を停止した。

 向こうは阿鼻叫喚だろうが、そんなこと我の知ったことか、と彼は心の中で吐き捨てた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る