エピソード14:可愛い後輩に

 

「わっ!!!!」


「うわぁぁぁ!!!!」



 急に路地から山本さんが脅かしてきて、びっくりした俺は、情けなく尻餅をついてしまった。



「せっ、センパイ、ごめんなさい!!」


「び、びびったぁーー」



 マジで心臓止まるかと思った。



「ご、ごめんなさい!! 本当にごめんなさい。センパイ、膝、大丈夫ですか!?」

「大丈夫、大丈夫だから。俺こそ、大袈裟に驚いてごめんよ」



 ん? ってか膝? 痛いのはケツの方だけどな。



「あっ、眼鏡」


「すぐ探します! 見えないですよね。ごめんなさい。私、こんなに驚かれるなんて思わなくて」



「いいよいいよ、気にしないで。それにそんなに謝らないでよ。眼鏡は伊達だから、無くても大丈夫だから」



 俺は起き上がり、ぐちゃぐちゃになってしまった髪の毛を掻き上げる。



「センパイ、眼鏡ありまし……た」


「ありがとう。って、山本さん?」



 山本さんは、なぜか俺に渡そうとしてくれた眼鏡を、体の後ろへと隠す。



「センパイ、伊達なんですよね? そのままでも大丈夫なんですよね?」


「そ、そうだけど……なんで?」



「常連さんの会話の意味がわかりました」



 え? なんのこと? もしかして、渡そうと近づいた瞬間、臭いで耐えきれなくなったとかか? さっき走ったからな。ちょっと変な汗かいたし。


 気になった俺は、自分の体をクンクンと嗅いでみる。自分では全くわからない。



「センパイ、何をされてるんですか?」


「いや、なんでもない。気にしないで」



 ごめん、臭いは無理かもだけど。



「脅かしてしまって、ごめんなさい」


「それはいいから。俺こそ、山本さんの後をこそこそつけて申し訳ない。バレてたんだね」



「バレバレでしたよ、センパイ」



 そう彼女は、最初の時のような上目遣いで、ニコッと微笑みかけてくる。やっぱり可愛い子だなって思い、俺も笑顔を彼女へ返した。



「……ぅぅ、センパイ、ズルイです」



 山本さん、なぜか俯いてしまった。ずるいって、なにがだろう? 


 バレバレって、俺の臭いはそんなに酷いのか? 今度、恥を忍んで小栗にも聞いてみようかな。



「センパイ、今日はありがとうございました。本当にカッコ良かったです」


「カッコ良かったのはマスターだろ。俺なんか何もしてないから」



「そ、そんなことないです! 私はセンパイが、カッコ良かったんです」


「あはは。ありがとう、山本さん」



「もぉ、全然信じてくれてない!」



 彼女は頬っぺたをぷぅぅっと膨らませて、俺を見上げる。喜怒哀楽がはっきりしていて、そんな子供のような仕草も、愛らしさを感じた。



「山本さんって呼び方、やめて欲しいです」


「え? どうして」



「だって、センパイからそんな丁寧にさ・ん・付けだなんて……『真央』でいいです。『真央』で」


「それはちょっと。山本さんで、勘弁してくれないかな」



 俺は山本さんに向かって、少し頭を下げながら手を合わせる。後輩であることは確かなんだけど、女の子を名前で呼ぶのは、ちょっとね。



「センパイは、どうして今日会ったばかりの私に、こんなにも優しくしてくれるんですか?」


「んーー。優しいかどうかは別として、山本さんが、俺にとって後輩だからだよ」



「後輩……だからですか?」


「学校や部活ってことではないけど、バイト先の後輩だからね」



「センパイの後輩は、みんな幸せ者ですね!」


「それは、違うんだよ」



 暗い夜道でもハッキリとわかる山本さんの笑顔は、俺の過去を少しだけ照らしてくれるようで。珍しく、昔のことを話始めていた。



「俺さ、中学の時、部活してたんだ。可愛い後輩がたくさんいてね。今、山本さんがしてくれてるように、俺なんかに、みんな懐いてくれていたんだ。本当に可愛い後輩たちだった」



「それは……女の子もですか?」


「もちろん、全員男だよ」



「良かったです」


「え?」



「なんでもありません。お話の続きが聞きたいです」


「そ、そお?」



「はい! お願いします、センパイ」



 不思議だな。彼女に『センパイ』って呼ばれることが、こんなにも嬉しく感じるなんて。



「俺は、俺が弱かったから、そいつら全員裏切ちゃって。だからもう、遅いんだけど。遅いんだけど、俺を慕ってくれる後輩を裏切りたくはないんだ。絶対に」



「やっぱり、センパイの後輩は幸せ者ですよ!」



 山本さんは、その小さな体をわざと俺に預けるように『トン』っと肩を寄せてきた。なんだか山本さんに、元気を分けて貰った気分になる。



「センパイ……私のことは、『真央』って呼んで下さい」


「どうして?」



「センパイは、可愛い後輩にさ・ん・付けだったんですか? それも名字で」


「それは違うけど」



「私もセンパイの、可愛い後輩になりたいなって、そう思うから。だから、『真央』って呼んで下さい。ね、センパイ」



 彼女の微かに潤んだような瞳が、真っ直ぐに俺を見上げてくる。可愛い後輩からのお願いを、俺はこれ以上断る術もなくて



「ちゃん、付けても良いかな?」


「はい!」



「じゃあ……真央ちゃん」



「……」



「真央ちゃん、どうかした?」



 真央ちゃんと呼ばれた彼女は、『うぅぅ』っと小さく呟きながら、俯いてしまった。



 状況のよくわからない俺は、どうしたらよいかわからずにいると。



「センパイ、お返し致します。私、ここがお家なんです。今日は送って頂いてありがとうございました」


 そう軽く頭を下げた後、走って自宅へ向かっていった。



 俺は眼鏡を握ったまま、真央ちゃんのあまりの慌ただしさに呆気に取られて、少しだけその場に立ち竦んでいた。



 もしかしたら真央ちゃん、俺の臭いで俯いてしまったのかな? だから走って帰っちゃったのかも。センパイに何か匂いますとか、言いにくいから。



「センパーーイ、おやすみなさぁーーい!!」



 真央ちゃんが、玄関の前でこちらを振り返り、手を大きく振ってる。



 俺も小さく手を振り返して『真央ちゃん、おやすみ』っと、その場を後にした。





 センパイはカッコ良過ぎて、ズルイ。名前を呼んでもらうだけで、こんなにドキドキするんだから。


        『あとがき』


SNS from 小栗 to 宍戸



小栗:「明日って、休校じゃね?」

宍戸:「そうだけど。それがどうした?」


小栗:「どうしたって、学食の約束したから」

宍戸:「明後日に変換してたけど?」


小栗:「そこは突っ込もうよ」

宍戸:「だって、小栗だし」


小栗:「酷くね?」

宍戸:「さすがに休校を忘れてるとは思わなかったよ。じゃあ、寝るから」


小栗:「良い子か!?」

宍戸:「おやすみ」


小栗:「おい!!」


小栗:「おーーい!!」


またかよ。あっ、そうだ!


小栗「1、2、3」

宍戸「ダァーー!! って、俺は寝るぞ」


小栗「元気ですかーー?」

宍戸「やかましいわ!!」


宍戸、オモロ。

さて、俺も寝ようかな。明日は美香とデートだし。

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