エピソード09:もう一回抱っこして


 俺の地元は海と山に挟まれた、そんな街。


 ひと昔、いや、ふた昔前までは県内でも有数の工業都市として、そこそこ栄えていた。主要産業の衰退と共に……そんな言葉を体現しているかのような、そんな街。


 今でも工場がたくさんあって、職人気質の人が多かったり、漁港もあったりと少し気性が荒い。治安が決して良い方とは言い難い、そんな街だ。


 地元を離れて暮らしているこの街は、地元より都会なはずなのに、どことなく穏やかで。海や山に近いことが、妙に心地良かったりする。



「最新機種」



 そして俺は今、ショッピングモールから出ようとしているところだった。


 結局、スマホは買い換えることになった。仕方なく番号も継続した。相沢さんと約束したからな。小栗の天然は、今に始まった事じゃないし。


 マスターに、お店のことは気にしなくて良いと言われたけど、今からお店に向かっても、勤務終了の21時まで十分間に合う。



 早く店に戻ろう。何より俺は、あの空間が大好きだから。



「んっ?」



 少女が一人、ショッピングモールの店外にあるベンチに座っていた。


 自身の体よりも小さなぬいぐるみを、ぎゅっと抱きしめるように俯うつむいているのが、より一層寂しさを強調させて映る。


 俺の足は自然と少女の方へ動いていた。



 少女の前で屈んでから『お母さんは?』と声を掛けてみたが、返事は無い。


 当然だけど、警戒されているんだろうな。



「迷子になっちゃったのかな?」


「迷子じゃないもん!」



 今にも泣き出しそうな少女は、口をへの字に曲げて、必死に我慢しているようだった。



「お兄ちゃんはね、リザーレ高校に通っている宍戸ししど大地だいちって言うんだよ。お名前は?」


莉乃りの



「莉乃ちゃんて言うのかぁ。可愛い名前だね。お兄ちゃん、莉乃ちゃんを手伝ってあげたいなぁ」


「ママが……ママが迷子になっちゃったの」



 んん? そうか! 迷子になったってことが、恥ずかしいんだな。


 俺は精一杯の笑顔を向けて、莉乃ちゃんへ話を続けた。



「ママが迷子になっちゃたのか! じゃあお兄ちゃんと一緒に、迷子になったママを助けに行こっか!!」


「うん!!」



 力強く返事をしてくれた少女の手を取って、店内にあるサービスセンターを目指した。



「莉乃ちゃんは、いくつかな?」


「5歳だよ。莉乃はお姉さん組なの」



 たぶん年長さんってことなのかな? 自信無いけど。それよりも、ちょっと莉乃ちゃん、歩くのが辛そうだ。



「莉乃ちゃんは、迷子になったママをずっと探してたの?」


「うん……車のところとかも行ったの」



 マジか!? さっきも店外だったしな。駐車場に一人とか、何も無くて良かった。



「そっか。お兄ちゃん、抱っこしてあげようか? 高いところの方が、ママを見つけやすいかもよ?」


「いいの!?」



 俺は『おいで』っと声を掛けて、飛びついてきた莉乃ちゃんを抱き上げる。ガシッとしがみ付いてくる感覚が、肉体的も精神的にも限界が近いことを知らせてくれるようだった。


 莉乃ちゃんを抱っこしたまま、サービスセンターを目指して店内を進んでいく。



「りのーー!!」


「りのちゃーーん!!」


「りのちゃん!!」



 ちょうど前方から、俺たちの元へ叫び声が届く。


 店内放送の時、きっと莉乃ちゃんは、駐車場へ行ってたんだろうな。



「お母さん、見つかったね」


「ぐひっ……ひぐっ、うぅぅ」



 泣いている莉乃ちゃんの背中をポンポンと叩きながら、叫んでいる集団へと駆け寄った。


 莉乃ちゃんを床に立たせると、一目散にお母さんへ向かって走り出す。お母さんも莉乃ちゃんへと走ってきていた。



「りのぉーー!!!!」


「ままぁーー!!」



 お互い号泣しながら抱きしめ合う姿は、ドキュメンタリードラマを再現しているようで、なんだか擽くすぐったく感じる。


 母親と一緒にいた店員さんや警備員さん、それを見ていた人々からも拍手が沸き起こっていた。



「ありがとうございます。莉乃を娘を、本当にありがとうございます」


「いや、俺は何もしてないので」



 この感じ、なんかちょっと前にもあったような。俺はそんなことを思いながら、莉乃ちゃんへ目線を合わせる為に、屈んでから話し掛ける。



「莉乃ちゃん、凄いね! 偉かったよ」


 莉乃ちゃんは、俺の耳に口を寄せて静かに呟いた。


「ごめんなさい。本当は莉乃が迷子だったの」



 俺は莉乃ちゃんの頭を撫でながら『莉乃ちゃんが、ママを助けたんだよ』っと、そう笑顔で伝えてあげた。


 するとまだ目元が腫れているその小さな顔が、パァッと明るくなる。



「あの、なんてお礼を言ったら良いか。娘を助けて頂いたお礼をさせて下さい」


「本当に気にしないで下さい」


「ママ、お兄ちゃんはリザーレ高校の宍戸ししど大地だいちって言うんだよ。お兄ちゃん、また会える?」


「まぁ、宍戸さん、リザーレ高校の生徒さんなのね!」



 莉乃ちゃん、きっちり覚えてたんだ



「んーーーー。莉乃ちゃんのお母さん、もし良ければ、本当にもし良ければで構いませんので、こちらのお店に飲み物でも飲みにいらして下さい。俺はここの喫茶店で、バイトをしていますから。もちろん、いつもいる訳では無いのですが」



 俺はそう伝えて、財布からお店の名刺を手渡した。



「はい、是非莉乃とお邪魔しますね」


「お兄ちゃん、莉乃、絶対に行く!!」


「ありがとうございます。お待ちしていますね。莉乃ちゃん、待ってるから! それでは」


「あっ、お兄ちゃん、もう一回抱っこして」


「コラッ、莉乃!! ダメでしょ!!」



 お母さんが、慌てて莉乃ちゃんを止めようとしていたけど、抱っこくらい良いのに。


 俺は両手を広げて『莉乃ちゃん、おいで』と、さっきの時みたいに声を掛けた。



「お兄ちゃん、カッコイイ。莉乃のヒーロー」


「ん? そうか? ありがとう」


「お兄ちゃんの真似」


「莉乃!!」


「度は入って無いから、大丈夫ですよ」



 俺の掛けている眼鏡を取って、莉乃ちゃんは自分に掛けて見せる。サイズが合わず、ズレているところがちょっと可愛く思えた。


 俺はゆっくりと莉乃ちゃんを地上へと下ろす。



「お兄ちゃんに、莉乃が眼鏡掛けてあげる」


 俺は小さくなって、顔を少しだけ前に出した。莉乃ちゃんがグッと近づいて、小さな唇が俺の頬へ『ちゅっ』と触れる。



「えへ、助けてくれてありがとう。でも、パパには内緒」


「まぁ」


 いっ、今の5歳児って、こんなに……こんなにもオマセさんなのか?


 いや、勘違いしないでよ?


 断じて違うから。


 いくら女性から嫌われるからって。


 違うからね?



 って、誰に言ってんだろう俺。


 ただ『お兄ちゃん、なんか臭い』とか言われなくて良かった。


 なんか莉乃ちゃんと接してたら、妹の海のことが気になった。連絡入れとかないとな。



 結局俺はバイトへ戻らず、そのまま家へ帰ることにした。


        『あとがき』


帰宅後のSNS



宍戸:「兄ちゃん、携帯復活したから、母さんに言っておいて」

海:「りょ! お兄ちゃん、カッコ良かったよ!!」


宍戸:「ありがと」

海:「みんなに自慢しちゃった」


宍戸:「恥ずかしいからやめておくれ」

海:「自慢の兄なのです」


宍戸:「兄ちゃん、風呂入って寝るから」

海:「海はまだ寝ないよ」


宍戸:「おやすみ」

海:「まだ寝ないよ!!」


海:「おーーい!!」


お兄ちゃんは、いっつもこうなんだから。

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