第5話 治療魔法

 ヨナがアラマンと共に東門の詰所に辿り着いたのは、ブッシュがちょうど応急処置を終えたところであった。二人の寝息が聞こえてきたのでヨナは一安心した。


「ブッシュ。二人の様子はどうだ」

「アラマン、来てくれたんだな。よかった。見ての通りだ。傷は洗って応急的に止血をしてある。2人ともとりあえず命の心配はないはずだ」

「さすがだな。的確な処置だ」

「へっ、このくらいは魔法士の端くれなら誰でもできるぜ。なあ、ヨナ」


 ブッシュはそう言ってヨナを見た。ヨナは自分に治療魔法の自信がなかったことを必死で覆い隠すしかなかった。


「そ、そうですね。魔法士ですからね~。ははっ」

「どうしたヨナ?声が上ずっているぞ」

「ブッシュさんいやだな~。気のせいですよ」

「そんなことより、アラマン」


 ブッシュが話題を変えてくれたおかげでヨナはほっとした。傷の手当は、できないわけではないが経験が少ないため自信がないのである。治療魔法には高度な技術が必要だ。ヨナは治療魔法が得意ではなかった。


 手当をブッシュに任せてアラマンのところへ走ったのも、その自信のなさのせいであった。そんなヨナの気持ちを置き去りにしてアラマンは話を先に進めた。


「どうしたブッシュ。何か気が付いたことがあったら言ってみてくれ」

「うん、本格的な治療についてはあとでお前に任せる。俺が気になっているのはこの男とお嬢ちゃんについている傷のことだ」

「どういうことだ?」

「ああ、明らかに鋭利な刃物で切り付けられた傷だ。あと刺し傷が数か所」


 ヨナもアラマンもブッシュの言いたいことが考えるまでもなく理解できた。


「ブッシュ。それは、その男と少女は何者かと戦闘をして、負傷したということか?」

「ああ、そうとしか考えられない」

「魔獣やドラゴンから受けた傷ではないと?」

「ないね。ドラゴンの爪は鋭利だが知っての通り表面はざらざらしている。あれは力任せに肉をえぐり取るためのものだ。ここで使っている武器の様にドラゴンの爪や鱗を綺麗に研いだものだと、人間の力でも簡単に物が斬ることができる。彼らの傷はそういう鋭利なものに斬られた傷だ。あと仮にドラゴンから傷を受けたとしても、人間がドラゴンと戦闘をして無事に済むはずがない。これは人間の仕業と考えるのが自然だな」



「ブッシュさん、ということはこの人たちは爪痕の外で別の人間と戦闘をしたということになりますよね?」


 ヨナは口を挟まざるを得なかった。


「ああ。そうなるな」

「ということは外にも人間がいるってことになりますよね?」

「そんな話は聞いたことないがな。認めたくはないが、そうなんだろうな」

「それって、凄いことじゃないですか!? 僕たち以外に人間が生きていたってことですよね? ドラゴンの脅威から身を守ることができていたってことですよね? 僕たちとは違う方法で生き残ったということですよね?」



「ヨナ、ちょっと落ち着くんだ」


 ヨナが興奮して気持ちが前のめりになっているところをアラマンが制す。


 ただヨナの気持ちは落ち着かなかった。間違いなくこの二人は外から来たのだ。しかもこの二人以外にも人間がいるという可能性も出てきた。ヨナは早くこの二人から話を聞きたくて堪らなくなった。


 アラマンはヨナの興奮を横目で見ながら嫌な汗を流していた。何者かと戦闘をして負傷をしたということは、彼らは敵から逃げてきたということになる。彼らは追っ手を倒してちゃんと撒いてきたのだろうか。もしまだ追手がいるのであれば、彼らはこの爪痕に来るのではないか。アラマンはヨナとは違った理由で彼らから早く話を聞かなければと思った。


「ブッシュ、ヨナ。族長を呼んでいるが時間が惜しい。二人の治療を始める」

「分かった。始めてくれ」

「はい。先生」


 アラマンは治療魔法をかけるため男の傷を見分した。ブッシュが傷口をきれいに洗い、傷口に最低限の治療魔法をかてくれている。治療魔法の技術はまだ完成したとは言い難い。だが、切られた傷の止血、損傷部の再生はある程度できる。


 だが、アラマンは傷口を見て安堵した。ブッシュの応急処置が思いの外よくできていた。これなら助かる可能性は高い。アラマンは傷の再生のための魔法の詠唱を始めた。


「我が力を授ける。人が根源とする再生の力よ。我が魔力をもって我の願いを聞き届け給え。我が魔力を再生の力へと顕現させ給え」


 アラマンは治療をしながら考えていた。この詠唱もそうだが、魔法には決まった詠唱法はない。精神を集中させ、詠唱を唱えれば魔法を使うことができる。だが、他の人が同じ詠唱をしたからといって同じ魔法が発動するとは限らない。


 アラマンはこの詠唱法が正しいか間違っているかも分からない。ただこうすれば魔法が使える、といった経験からしか結果が分からない。魔力とは、魔法とは一体何なのだろうか。


「先生、さすがですね」

「ああ、アラマンの治療魔法はいつ見ても見事だ」


 男の治療が終わり、そのまま少女の治療に取り掛かることにした。


「男の方はほぼ治療が終わった。呼吸も鼓動も落ちついている。じきに意識を取り戻すだろう。次はこの少女だ。――んっ?」


 アラマンが何かに気が付いた。


「どうした? アラマン」

「ブッシュ、彼女は負傷していたのだな?」

「ああ、背中と脇腹に大きな切り傷があったぞ」

「見てくれ、その傷はこれのことか?」

「ば、ばかな! 傷が、塞がっている!」


 ブッシュは信じられないという表情で驚いた。


「そんな筈はない。この少女には確かに切り傷があり流血もしていた。治療魔法で止血まではしたが開いた傷口は完全には塞がっていない状態のはずだ」


 ヨナもその場に立ち尽くしていた。アラマンもヨナも傷がふさがっているという事実に頭がついていってなかった。


「ブッシュが言うことは本当だろう。包帯を見ると確かに流血の跡がある。ブッシュの治療魔法ではここまでのことはできない」


 だとしたら一体どうして傷が塞がっているのだろうか。自身で治療したのだろうか。ブッシュが男の治療をしている間に彼の目を盗んで自ら治療したのだろうか。あり得なくもないがこの流血量でそれができるのかと問われたら疑問が残る。


 アラマンを含めこの場の三人は、この状況をどう整理したらいいか分からず固まっていた。次の瞬間、そんな空気を吹き飛ばすように詰所の扉が勢いよく開き、二人の少女が入ってきた。


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