「さて、それでは早速現場に向かいましょうか!」

「は? 今から行くのか?」


 昼休みが始まってそれなりに経つ。こんな中途半端な時間から謎解きを始めるつもりか?


「つうかお前、飯は?」

「もう食べました。私、普段から屋上でお弁当食べてるんですよ」

「屋上? はー、この学校屋上なんて解放されてんだな」


 自殺防止だのなんだので閉鎖されているのが常で、解放された屋上なんてフィクションにしかないと思っていた。


 随分と洒落たランチタイムを過ごしてるんだな。


「ふふふ、いいですよあそこ。学園公認のカップルたちの聖地ですから。仲睦まじく昼食をとる恋人たちを見てるだけでご飯3杯はいけますね」

「…………それ目当てか」


 俺も今度行ってみるかなんて少し考えたが……やめだ。そんな場所に行ったらぼっちで飯を食う自分が惨めになりそうだ。


「そんなことより行きますよ。謎が私たちを待っています!」

「わかった、わかったから手を離せ」


 逃がさないと言わんばかりに手を掴み、そのまま歩みを進める桐花。


 そんな彼女と引きずられる俺を見た道中の生徒にギョッとしたような視線を送られる。1年の中で最も悪名高い2人の組み合わせだ、無理もない。


「そもそもどこに行く気なんだ?」

「マンケンです」

「マンケン?」


 聞き慣れない言葉に首を傾げるが、その疑問に答えが返ってくることはなく、急かすように手をひかれ続けた。


 そして歩くこと少し。教室やらなんやらがある本校舎を抜けて渡り廊下を進んだところで、俺は周りの雰囲気が違うことに気づいた。


「なんか……古くないか?」


 数年前に建て替えられたと言われる本校舎は、白を基調とした清潔感のある造りだった。清掃が隅々まで行き届いており、ホコリ一つ落ちてない廊下は潔癖すぎるとさえ思えるほどだった。


 だが今いる場所は違う。剥き出しの木の壁、廊下には乱雑に積まれた段ボールとそこからはみ出る雑貨類。掲示板には溢れんばかりにはりだされた張り紙。


『小説を書きたい人募集中。純文学、ファンタジー、ミステリー、ホラー、恋愛、BL、何でも可。文芸部』

『僕たちと一緒に屋上で夜空を観察しませんか? 毎週月曜、水曜活動中。天文学部』

『僕たちと一緒にこの世の真理を解き明かしませんか? 前世の記憶がある人、UFOに拐われた経験のある人、邪眼を持つ人募集中。オカルト研究部』


 本校舎とはまるで違う。混沌とした雰囲気が広がる。


「ここは晴嵐学園が誇る、文化系部活動の部室が集まる部室練です」

「へえ、ここが」


 こんな場所があるなんて知らなかった。


「じゃあ、さっき言ってたマンケンって」

「ええ、漫画研究部。通称、漫研。今回の事件の舞台はそこです」



 漫研の部室は部室練の一番奥にあった。それなりの広さの室内の中心には何やら見たことのない道具の乗った作業机が並んでおり、壁一面には大量の漫画で埋め尽くされた本棚があった。


「こちらが今回の依頼人の宮間さんです」

「ど、どうも。一年の宮間です」

「で、こっちが部長の園田さん」

「…………初めまして」


 気軽い感じで2人の女子生徒を紹介する桐花だが、その2人は明らかに俺を見て怯えいる。


「ちょ、ちょっと! 桐花さん!」


 すると宮間が慌てた様子で桐花の手を引き、部屋の隅へと連れていく。


「何考えてんの、あの人とんでもない不良って噂の人でしょ! なんでそんな人を連れてきたのよ!!」


 こそこそと話をしているつもりなんだろうけど、声がでかいせいで全部聞こえている。


 居た堪れなくなった俺は一番近くにいる部長さんに顔を向けるが、部長さんは両手を胸の前に持っていき、完全に警戒体制に入っている。…………なんだろう、泣きたくなってきたな。


「ああ、吉岡さんのことなら大丈夫です。彼は私の助手兼、ボディガードですから」

「ぼ、ボディガード?」

「はい! ある時は頭脳労働担当の私をサポートする肉体労働要員。ある時はか弱い私をその身を持って守る肉盾。そう、彼は自らの忠誠と肉体を私に捧げた……いわば肉奴隷そのものなのです!!」

「…………お前その言葉、ちゃんと意味理解した上で使ってんだろうな!」


 とんでもないことを口走った桐花を思わず怒鳴りつけるが、あの女はどこ吹く風と言った様子だった。


「だから安心してください。私にかかれば彼は借りてきた猫そのもの、大人しいもんですよ。ただ無駄にでかいだけで」

「喧嘩売ってる?」

「狼藉を働く心配はありません、彼は忠犬ですから。ただ目つきと態度と口が悪いだけで」

「喧嘩売ってるなら素直にそう言えよ。お望み通り買ってやるから」

「なんなら頭を撫でてあげても大丈夫ですよ? 無理して金髪に染めてるせいで傷んでるから、撫で心地は悪いかもしれませんが」

「その喧嘩、言い値で買ってやるから表出ろ!!」


 とことん失礼な女、桐花咲。なんでここまで言われなくちゃならないんだ。


「あ、あのちょっといい?」


 と、ここで俺たちのやりとりを静観していた部長さんがおずおずと手をあげる。


「なんで、その、吉岡くんは桐花さんに忠誠を誓う助手になったの? そ、その…………肉奴隷なんて……」


 途中で言ってて恥ずかしくなったのか、顔を赤らめて俯く。


 なんでって言われても、別に俺はこいつに忠誠を誓った覚えも助手になることを承諾した覚えもない。…………あれ? 本当、なんで俺ここにいるんだろうな?


「ああそれはですね、私が吉岡さんの弱みを握っているからです」

「……は?」


 何言ってんだこの女は?


「よ、弱みって?」

「そりゃあ、口にするのもはばかれるようなあれやこれやですよ」

「……おい待て、桐花」

「私が口を滑らせれば、彼は恥ずかしさのあまり学園にいられなくなりますからね。だからこそ吉岡さんは私に絶対服従。私がワン! と鳴けと言えばワン! と鳴きます」

「おい待てや! ちょっとこっち来い!」


 桐花の手を引き、今度はこちらが部室の隅に移動する。


「お前さっきから何適当ブッこいてんだ!」

「いやだって、2人とも吉岡さんに怯えてお話にならないんですもん。吉岡さんの安全性を証明するためにもワン! と鳴いてもらわないと」

「誰が鳴くか!」

「……でもこのままじゃ話が進まないですよ?」

「お前なあ…………そもそもこの件俺には関係ないんだぞ?」

「でも、協力してくれるって言ってくれましたよね?」

「いやそりゃあ…………無理矢理だったけど」

「無理矢理でもなんでも、一度結んだ約束を破るなんて男らしくないですよ?」

「て、てめえ……!」


 チラリと漫研の2人を見れば明らかにこちらに警戒心を抱いている。確かにこのままでは話にならないだろう。


 言わなきゃならないのか?



「………………ワン」



「ほーらよしよし、良い子ですよ吉岡さん」

「ほ、本当に言った!?」

「…………本当に大丈夫なんだ。いえ、あれは大丈夫なの?」


 この女後で絶対泣かす。

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